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大阪地方裁判所 平成2年(わ)947号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

(以下の証拠の表記は、書証の標目のうち検察官に対する供述調書を検面調書、司法警察員、司法巡査に対する供述調書を員面調書、巡面調書と表記し、標目を掲げた後にかっこ内に検察官請求のものは「検」、弁護人請求のものは「弁」として各請求番号を付記し、人証は証人の当公判廷における供述及び公判調書中の証人の供述部分をいずれも「証言」と表記し、被告人の当公判廷における供述及び公判調書中の被告人の供述部分をいずれも「被告人の公判供述」と表記する。)

第一  公訴事実

被告人は、株式会社A電設の代表取締役として、同会社が請け負う電力ケーブル接続工事等に従事するものであるが、昭和六一年三月二三日から同月二六日までの間、同会社が近畿日本鉄道株式会社東大阪線開通工事の一環として請け負った同東大阪線新石切駅・生駒駅間の大阪府東大阪市上石切町から奈良県生駒市元町に至る生駒トンネル(全長約4737.4メートル)内の同トンネル西口起点約一九四九メートル東方付近側壁の横穴における電力ケーブル(配電線。三相交流。二重系統。特別高圧(二万二〇〇〇ボルト)ケーブル)接続工事を前記株式会社A電設従業員Bほか二名を使用して施工するにあたり、同接続工事は、同トンネル西方の新石切変電所から同トンネルを通って同横穴まで敷設されている電力ケーブル六本と同トンネル東方の新生駒変電所から同トンネルを通って同横穴まで敷設されている電力ケーブル六本の各先端をY分岐接続器六個によってそれぞれ同じ相ごとに接続した上、各接続箇所から電力ケーブル一本を分岐させて同トンネル上方の石切き電開閉所に敷設するための作業であり、同電力ケーブルに課電されあるいは通電されることによって誘起される電流を誘導するために同電力ケーブル内部に施された遮へい銅テープの三方(新石切変電所側、新生駒変電所側及び石切き電開閉所側からの三方)間を電気的に接続するための接続銅板(接地銅板)を各接続器に取り付け、誘起された電流を同接続銅板及び新石切変電所側の遮へい銅テープを経由し同変電所に設置されているアース端子を通して大地に流す導通路を確保し、もって、同電流が他の箇所に漏れて発熱によりY分岐接続器や電力ケーブルを焼燬して火災を生じないよう設計されていたのであるから、およそ工事施工者としては、同工事のためのY分岐接続器組立作業説明書に示された作業手順を遵守し、接続銅板の取り付けを怠ることなどないよう万全の注意を払い、漏電による火災の発生及びこれに伴う電車乗客等の死傷の結果の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同接続器六個にそれぞれ取り付けられた新生駒変電所側と新石切変電所側の遮へい銅テープ間の接続銅板の取り付けを行うに際し、右両遮へい銅テープ間を絶縁抵抗計によって測定の結果、電気抵抗が検出されなかったところ、これは電気抵抗値の測定に適さない絶縁抵抗計を使用したことによるものであり、実際は、右両遮へい銅テープ間に接続されたY分岐接続器の半導電層部に電気抵抗があるのに、これを看過し、電気抵抗が検出されなかったのは右両遮へい銅テープ間が同接続器の構造上内部で電気的に接続されていることによるものと誤認し、同接続銅板の取り付けは不要であるとしてこれを取り付けなかった過失により、同年四月二一日以降、同電力ケーブルに二万二〇〇〇ボルトの電圧が課電されあるいは同電圧による電流が通電された結果新生駒変電所・Y分岐接続器間の電力ケーブル六本の各遮へい銅テープに誘起された電流を大地に流す導電路が断たれ、同電流が同接続器内部の半導電層部に漏えいして、徐々にこれを加熱、炭化させた上、アーク放電を発生させ、遂に、同六二年九月二一日午後四時過ぎころ、同半導電層部を炎上させ、これを同接続器に接続されている電力ケーブルの外装部に燃え移らせて火を失し、同電力ケーブル等ケーブル合計一一本等を焼燬し、同トンネル内に濃煙及び有毒ガスをまん延させ、もって公共の危険を生ぜしめるとともに、同日午後四時二一分ころ、同電力ケーブルの炎上による地絡により、き電停止の事態を招来させ、折から、生駒トンネル西口から同トンネル内に進入してきたTの運転する同東大阪線長田駅午後四時九分発生駒駅行き下り列車(電車。六両編成。列車番号四五七六。乗客約七〇名)を同トンネル西口起点約2735.5メートル東方のトンネル内に停止するに至らせ、同列車の乗客及び乗務員を、同日午後五時一九分ころまでの間、同トンネル内に閉じ込め、その間、煙及び有毒ガスを多量に吸引させ、よって、乗客及び乗務員のうち、明松敏夫(当時五六年)をその場で急性呼吸不全により死亡させたほか、別表1記載のとおり、山中聡子(当時一五年)ほか四二名に対し、加療約六日間ないし八九日間を要する低酸素血症、上気道炎等の傷害を負わせたものである。

第二  本件火災及びその発生現場の概要

一  〈証拠略〉外関係各証拠によると、本件火災の概略及び現場の状況について、以下の各事実が認められる。

1  公訴事実記載の昭和六二年九月二一日午後四時過ぎころ、東大阪市上石切町二丁目付近に所在する近畿日本鉄道株式会社(以下、「近鉄」という。)東大阪線生駒トンネル内において、火災が発生した(以下、これを「本件火災」という。)。

2  生駒トンネルは、近鉄東大阪線新石切駅と同生駒駅間に所在する全長4737.4メートルのトンネルであり、両側壁に沿って合計一二八箇所の待避所が設けられているが、本件火災が発生したのは、これらの待避所のうち、同トンネルの西側出口から一九四九メートルの地点に所在する五四番待避所の付近であった。

3  本件火災発生の当時、近鉄東大阪線生駒トンネル内には、近鉄生駒駅行き下り六両編成列車(列車番号四五七六。T運転)が走行していたところ、T運転士は、同日午後四時二〇分ころ、右火災の発生に気がついた。

その後、まもなく右同日午後四時二一分、東大阪線全線が停電したことにより右列車に対する送電が停止したために、同列車は、右五四番待避所の東方約七五九メートルの地点(生駒トンネルの西口を起点として二七三五メートルの地点)で停止して、再送電を待って待機していたが、同日午後四時五一分ころまでに、右列車内に煙及びガスが入ってきて、これが充満するに至ったために、T運転士は、乗客を右列車から降車させて、歩行により乗客を生駒トンネル内を新石切駅方向に避難させる措置を取ったが、その際、貯留した煙及びガスにより、同列車の乗客らについて公訴事実記載のとおりの被害が発生した。

二  また、〈証拠略〉外関係各証拠によると、本件火災発生の当時の現場の概要及びその付近の各施設の設置状況について、以下の各事実を認めることができる。

1  生駒トンネルは、近鉄東大阪線新石切駅と同生駒駅間に所在する全長4737.4メートル、壁面はコンクリート製、トンネル内において上り線及び下り線の二本の電車軌道が敷設された複線トンネルであるが、五四番待避所付近においては、断面をみた場合、床面幅約7.80メートル、最大幅約8.20メートル、高さ約6.25メートルの半円状の形状をしており、床面にはほぼ中央部に通電用のいわゆる第三軌条の上り線用と下り線用の二系統が敷設されている。

2  生駒トンネル内には、両壁に沿って合計一二八箇所の待避所が設けられており、五四番待避所は、それらのうち同トンネル西側出口から東へ一九四九メートルの地点の北壁面側に所在し、その東西の間口は4.05メートル、高さは3.35メートル、上方部分が半円形の形状で、奥行きは5.70メートルである。

3  生駒トンネル内には前記のとおり新石切変電所から新生駒変電所に至る特別高圧電力ケーブルが、同トンネルの両端床面の側溝に敷設されており、そのうち、東向きに左側(北側)すなわち下り線側の側溝に一号送電線が、同じく右側(南側)すなわち上り線側の側溝に二号送電線が敷設されている。

そして、右のうち、二号送電線は、五四番待避所前付近において、トンネル内壁面から天井を経由してアーチ状の弧を描いて五四番待避所内に至り、また、五四番待避所を出て同様の弧を描く形で再びトンネル南側床面に至っている。

4  五四番待避所の上方(生駒トンネルの上方にある旧生駒トンネルの南側に隣接する位置)には、石切き電開閉所と呼ばれる施設が設置されており、同待避所天井部には石切き電開閉所に送電線、き電線等を通すための立坑の入口がある。この立坑は五四番待避所天井中央部の入口から上方へ高さ約五三メートルに立ち上がる鋼管である。

5  五四番待避所内の施設の設置状況をみると、概ね以下のとおりである。

(一) 西側壁際には前記特別高圧電力ケーブルに接続するY分岐接続器を納めたY分岐収納箱がある。同収納箱は、五四番待避所西側の壁面から四一センチメートルの箇所にあり、幅4.25メートル、奥行き0.71メートル、高さ2.0メートルの鉄板製の収納箱である。また、同収納箱を構成する鉄板は厚さが二ミリメートルで、東側と西側が各八枚、北側と南側が各一枚、更に、上面二枚の合計二〇枚となっている。なお、同収納箱の天井部は南側で約七二センチメートル、北側で約五三センチメートルにわたり、隙間があり、その隙間を送電線が通る構造になっている。

また、同収納箱の内部は、上下二段に分かれており、上段に二号送電線用のY分岐接続器(合計三個)が、下段に一号送電線用のY分岐接続器(合計三個)が設置されていた(以下、五四番待避所内のY分岐接続器収納箱内に設置されたY分岐接続器合計六個を「本件Y分岐接続器」という。)。

Y分岐収納箱に接続するケーブルについては、一号送電線は、前記のとおり、生駒トンネル下り線側の側溝を東西に新石切変電所から新生駒変電所の方向に走り、五四番待避所前で同待避所方向に立ち上がり、Y分岐収納箱下段に向かうケーブル、及び、Y分岐収納箱から出て、右の側溝方向に向かうケーブルが敷設されている。

また、二号送電線は、生駒トンネル上り線側の側溝を、一号送電線同様に走り、五四番待避所前で立ち上がり、同トンネルの天井を弧を描いて同待避所のある南側壁面方向に向かい、同待避所の入口上部から直接Y分岐収納箱上段に入り、また、同収納箱を出て、同様の経路で同トンネル南側側溝に向かうケーブルが敷設されている。

他方、Y分岐収納箱の天井部からは、一号送電線、二号送電線双方のY分岐接続器により分岐されたケーブルのうち石切き電開閉所に向かうケーブルが出ており、これは同天井部から立坑に向かっている。

(二) なお、右において、使用されているケーブルの構造についてみるに、Y分岐接続器本体に接続される部分では、架橋ポリエチレン絶縁ビニールシーストリプレックス型CVTケーブル(二二キロボルト用)と呼ばれるものである。同ケーブルは中心部に銅製の導体を持ち、その周囲に順次、架橋ポリエチレン製の内部半導電層、絶縁層、外部半導電層部が施され、更に、その上部に高圧電流を導体に流したときに外側に発生する誘起電流を接地するために、遮へい銅テープが施され、更に、その上部PVCと呼ばれるビニール製の防食層があるという構造になっており(以下、このケーブルを「CVTケーブル」という。)、こうした構造のケーブル三本が一組となっている。

なお、五四番待避所とその上部の石切き電開閉所間には、前記のように立坑と呼ばれる鋼管があるが、Y分岐接続器により右石切き電開閉所に分岐されたケーブルのうち、立坑を通る部分にケーブルとして用いられているものは、トリプレックス型架橋ポリエチレン絶縁ビニールシース鉄線外装ビニール防食ケーブルと呼ばれるものであり、ケーブルの構造自体は、前記のY分岐接続器に接続されるケーブルと同様であるが、このケーブル三本を一組としてポリプロピレン製の介在物で一体のものとして成型し、その外部を鉄線外装で覆い、更に、その外部をビニール製防食層で覆うという構造となっている(以下、このケーブルを「鉄線外装ケーブル」という。)。

(三) 次に、同待避所中央部付近にはインピーダンスボンドがある。インピーダンスボンドは、南北の各鉄製箱一対が中央部で連結された構造物であり、中央部の下にケーブル溝があり、インピーダンスボンドから出たケーブル合計四本が、このケーブル溝を通って、軌条に通じている。また、インピーダンスボンドからは、更に一本のケーブルが伸びており、このケーブルはケーブル溝に伸びた後、Y分岐収納箱南側で待避所天井に立ち上がり、その後、立坑を通じて石切き電開閉所に通じている。

(四) また、東側壁に接して、き電線接続箱が置かれていた。き電線接続箱は、幅一メートル、奥行き0.35メートル、高さ2.05メートルの観音開きの扉のついた箱であり、この南北からそれぞれ四本組のケーブル五本が出ており、北側のケーブルは立坑を通じて石切き電開閉所へと立ち上がり、南側のケーブルは、それぞれ生駒トンネル内の第三軌条に通じている。

き電線接続箱の内部は、上下二段に分かれており、前記南北の各ケーブルが上段各二本、下段各三本の各ケーブルが中央部付近で固定、接続されている。

(五) 五四番待避所内には、右の送電線及びき電線とは別に、光ケーブル二本及び通信線一本があり、これらは生駒トンネルの下り線側の側溝から五四番待避所内のケーブル溝を経由して、同待避所北東角壁際付近で立ち上がり、立坑を通って石切き電開閉所に向かうものである。

(六) 立坑の状況は前記4記載のとおりであるが、立坑内には、前記のとおり、Y分岐収納箱から伸びる一号、二号各送電線、き電線接続箱から伸びるき電線五本が通じている外に、前記のとおり、光ケーブル二本及び通信線一本が通じている。

これらのケーブルは、いずれも、立坑下部において、鉄製の支持枠によって、固定されていた。

三  他方、同トンネル内において、変電所から電車線への送電の方式ないしはこれにともなう五四番待避所内の配電状況等についてみると、〈証拠略〉外関係各証拠によると、以下のとおりの各事実を認めることができる。

1  右送電方式は、いわゆる第三軌条方式と呼ばれるものであり、上り線と下り線の間に、き電レールを設けて、上下各線ともに、右き電レールから受電する方式を採用している。

そして、送電の具体的な方法として、近鉄東大阪線長田駅付近に設置されている近鉄長田変電所において、関西電力意岐部制御所から二万二〇〇〇ボルトの特別高圧電流(交流)を受電し、これを特別高圧電流用の電力ケーブルを使用して近鉄吉田変電所、生駒トンネル西側出口の西方の同石切変電所、同トンネル東側出口の東方に所在する同新生駒変電所に順次送電し、右各変電所が受電した電流を七五〇ボルトの直流電流に整流変圧して、それぞれ、き電線を使用して右生駒トンネル内の第三軌条にき電している。

2  生駒トンネル内の前記五四番待避所内の上方には電車の速度等による電力負荷の変動に対処し、定電力を供給する等の目的から、石切き電開閉所が設けられており、同施設は、前記特別高圧電流を生駒変電所から新石切変電所に至る中間部において分岐受電してこれを変圧機を使用して変圧して、同施設内の機器操作のための電源としている。

3  右のように、新石切変電所から新生駒変電所に至る送電の過程で、石切き電開閉所に送電する必要があるために、右の区間内にある生駒トンネル内五四番待避所内に、電流の分岐のための施設が設けられていたが、右分岐施設の概要は以下のとおりである。

(一) 五四番待避所においては、新石切変電所からの特別高圧電力ケーブルと新生駒変電所に至る同電力ケーブルをY分岐接続器で接続し、その接続箇所から電力ケーブルを分岐させて石切き電開閉所に送電していた。

(二) ところで、右の変電所間の特別高圧電力ケーブルは一号送電回線及び二号送電回線の二重系統から成り立っており、かつ、各送電回線は、三本の単芯ケーブルをよりあわせたものであり、単芯ケーブル一本ごとに、それぞれ、独立したY分岐接続器が必要であるので、結局、前記五四番待避所内の分岐施設内には、合計六個のY分岐接続器が敷設され、これによって、各単芯ケーブル毎に、分岐された電流が石切き電開閉所に送電されていた。

第三  本件火災の発生場所及び発火点の特定について

一  本件火災発生場所の特定について

本件においては、検察官は、本件火災の出火場所は前記五四番待避所内の電力分岐設備内であり、かつ、発火点はその中のY分岐接続器本体であると主張するのに対して、弁護人は、右の場所以外の、特に、五四番待避所上方に設けられていた立坑内である可能性が否定できないと主張するので、以下、まず、本件火災の出火場所の特定について検討するに、〈証拠略〉外関係各証拠によると、以下の事実を認めることができる。

1  本件火災発生後の五四番待避所内の焼燬状況ないし煤等の付着状況について

(一) 五四番待避所内の側壁は東、北、西の各壁面の中央部より上方の上半分に多量の煤が付着しており、その煤の付着の状態は、手で触れると落下する状態であった。

(二) 同待避所の天井部付近には、前記のとおり立坑の下口部があるが、この立坑の下口部周囲及びこれから南側にかけて最大幅約3.2メートル、最長2.7メートルの三角形の形状でコンクリートの剥離が存在した(剥離面積は約4.3平方メートル)。

(三) 同待避所内には、焼燬残渣物が堆積しており、その大部分は、インピーダンスボンドの北側から西側の部分及びY分岐収納箱の東面中央より北側の箇所に山状になっており、山状の頂上部はY分岐収納箱に接する部分となっていた(堆積物の高さは五五センチメートルであった。)。

(四) 右(三)の堆積残渣物は概ね四層をなしており、その内容は、上方から順番に、概ね、コンクリート片を主とする残渣物層(一部炭化したビニール被覆がある。)、黒色の土壌になった炭化物(上部付近には断線した銅線ないしワイヤーが混じっていた)、黒色のビニール樹液の一枚板の層、赤い鉄錆の粒状の物というものであった。

2  Y分岐収納箱の焼燬状況

(一) Y分岐収納箱を構成する鉄板の焼燬痕跡の状況

(1) 東側側面の鉄板の外側部分の、中央やや北寄り(向かって右側)下部付近から左右方向にかけて、また、中央中段部から同様に左右方向にかけて、それぞれ上下二段に扇状の焼燬痕跡とみられる変色部分が存在する。そして、焼燬痕跡の色は上段のものがやや白っぽい色を主としているのに対して、下段のものは黄土色を主とするものである。そして、右のような扇状焼燬痕跡以外の部分の焼燬状況は弱く、特に南側(向かって左側)下段部分は焼燬痕跡がほとんど存在せず、亜鉛メッキが残存している状態にあった。

他方、西側側面は全面的に焼燬した痕跡がみられるが、ほぼ東側側面と同様に同痕跡は上下二段になっている。外側の焼燬痕跡は、概ね、白色ないし灰色を呈しているが、上段に存在する焼燬痕跡は、中央部付近から立ち上がったものであるが、同部分の付近は一部茶色に変色した部分も存在した。

(2) 東西各側面の内側部分については、いずれも、外側の焼燬痕跡にほぼ一致する位置に、上下二段に分かれて扇状の焼燬痕跡が存在する。そして、東西各側面ともに上下二段の各焼燬痕跡のうち、下段のものは黄土色であるのに対して、上段のものは赤褐色ないしは暗赤褐色に変色するものであった。

(3) 次に南北の各側面の鉄板をみると、南側側面の中央部に上部に向かって扇状の焼燬痕跡があり、また、最下部付近にも半円形の焼燬痕跡が存在するが、それ以外の部分には、焼燬痕跡はほとんどない。また、北側側面はほぼ全体的に焼燬した痕跡があるが、最下部付近には焼燬痕跡はなく、メッキも残存していた。

南北各側面の内側は、南側側面は全体的に煤が付着しており、また、北側側面は全体的に焼燬の痕跡がみられ、特に、上段付近にはメッキが剥離し、露出した地金が暗赤褐色を呈していた。

(4) 天井部を構成する鉄板については、外側及び内側ともに平均して煤が付着していた。

(5) 各焼燬痕跡の間の状況を対比すると、第一に、内側側面と外側側面の間では、外側側面が黄土色ないし白色に変色する程度にとどまっているのに対して内側側面は赤褐色ないし暗赤褐色を呈する状態になっており、相対的に内側側面の方が明らかに強く焼燬していたとみられる。第二に、内側側面の焼燬状態をみると、上段の焼燬痕跡のほうが変色及び焼燬痕跡の面積の両方からみて、顕著な痕跡として残存していた。

(二) Y分岐接続器の焼燬状況

Y分岐接続箱内部は、上下段に分かれて前記Y分岐接続器(一号系三相、二号系三相)が設置されていたものであるが、いずれも、銅製金具等の不燃物を残して、灰化したものが上下段の中央部に堆積している状況にあった。

また、同接続器に接続する送電線は、一号系については、トンネル内の側溝部からY分岐接続器に至るまで、及び、Y分岐接続器から立坑の上部まで、また、二号系については、生駒トンネル内のアーチ状の天井部付近からY分岐接続器まで、及びY分岐接続器から立坑上部まで、いずれも、CVTケーブルの芯線である銅線とその外側に施された遮へい銅テープ及び鉄線外装ケーブルの鉄線外装部を残して、その他の絶縁部等は全て焼燬していた。

3  インピーダンスボンドの状況

五四番待避所内のインピーダンスボンドの上には木製の蓋がかけられていたが、南側鉄製箱のかかる部分及び東側側面部分を残して焼失していた。

更に、内部の南北の各鉄製の箱の外部には全面に焼燬痕跡がみられたが、概ね、南側側面は北側側面に比べて焼燬の程度は弱い。

インピーダンスボンド中央部には、南北の各鉄製箱を連結する部分が存在し、その下部にはインピーダンスボンドの端子から軌条に伸びるケーブル合計四本を納めるためのケーブル溝があるが、これらのケーブルはインピーダンスボンド接続端子付近においては全て焼燬しているものの、下部のケーブル溝内では、全く焼燬の痕跡はなかった。

4  き電線接続箱の状況

五四番待避所内のき電線接続箱は、外側北側面、及び、西側側面に白色に変色した焼燬痕跡がみられた。天井部には、煤が付着しているほか焼燬痕跡がみられた。

内部は、収納されたケーブルに煤が付着しているほか、外部からの熱によるものとみられる焼燬痕跡が存在した。

二  以上によると、本件の出火場所である五四番待避所内の状況については、(一)Y分岐接続箱の内部に設置されていた各接続器が全て不燃性とみられる導体である金属性部品等を残してほぼ完全に灰化しているうえ、同接続箱の内部にあったケーブル等も芯線を残して焼燬していること、(二)同接続箱を構成する鉄板の焼燬状況をみると、同鉄板に残された焼燬痕跡には火炎の立ち上がりを窺わせる扇状のものがあること、また、内部の焼燬痕跡のほうが外部の焼燬痕跡に比べて色彩それ自体ないしは変色程度において明らかに顕著な痕跡を残していることから、同接続箱は、内部からの火炎により焼燬されたものとみられること、(三)更に、五四番待避所内のその他の施設の焼燬状況をみると、同待避所中央部にあったインピーダンスボンドは上部の木製カバーが西側部分の相当部分が焼失しているほか、外部に相当の焼燬痕跡はみられるものの、内部には顕著な焼燬痕跡はないこと、(四)また、同待避所東側のき電線接続箱は外部に熱によるものとみられる焼燬痕跡はあるが、内部はほとんど焼燬痕跡はないこと、などの各事実が認められる。

以上のような状況に照らして考えると、本件火災の発生状況は、本件Y分岐接続器に発生した火炎が、まず、同接続箱の内で燃焼し、その後、同接続器に接続された各ケーブルを燃焼させ、五四番待避所内の各種の施設に前記認定のような一連の焼損を生じさせ、更に、ケーブルのうちY分岐接続器に接続された一号系及び二号系のケーブルを燃焼させて、その一方が、立坑内に及んでその中に設置されたケーブルを燃焼させて石切き電開閉所に至り、他方が、生駒トンネルの側溝部(一号系ケーブル)ないしはアーチ状に設置されたケーブルのトンネル天井部にまで至ったという経過を推定することができ、したがって、本件火災の出火場所はY分岐収納箱内であり、その発火点がY分岐接続器自体であることは明らかである。

三  弁護人の主張について

1  弁護人は、前記立坑内の鋼鉄部分に窪みが存在し、同部分の導線にはハンダの玉状の溶融痕跡が認められることから(検証調書(検二)添付の見取図二五号及び同添付の写真三二八ないし三三一)、同部分付近が出火点である可能性を示唆するが、右検証調書によると、五四番待避所付近のケーブルは、その大部分が、表面の可燃物等が焼失し、芯線がむき出す状態になっていたものであり、こうした部分については、弁護人が指摘する部分以外の箇所にも同様の溶融痕跡が存在することが認められる。そして、右のような溶融痕跡は、他の箇所から立ち上がった火炎によって表面部分が焼燬し、これにともない、芯線その他の導体部分が直接火炎を浴びることによって形成されたものであると理解されるものであるから、右各事実は、それ自体出火点を特定する根拠となりうべき事情といえないことはもとより、前記認定の出火点に関する認定判断に影響を及ぼすべきものとは認められない。

2  次に弁護人は、前記二において認定した焼燬状況そのものが他からの出火による可能性を否定するものではないとの指摘をする。

すなわち、前記認定のとおり、五四番待避所内の焼燬状況は、き電線接続箱ないしはインピーダンスボンドに比してY分岐接続箱の焼燬が著しいこと、Y分岐接続箱を構成する鉄板に火炎の立ち上がりを示す焼燬痕跡が存在するのであるが、各設備の位置関係ないしはY分岐収納箱の形状(天井部に開口部があること)から考えれば、右のような焼燬状況は、Y分岐接続箱内が出火点でない場合、例えば、立坑内の出火による延焼の結果としてもありうるというのである。

しかしながら、前記認定のとおり、Y分岐接続箱内部においては、収納されていたY分岐接続器は鉄製金具等を残して全てが灰化しているのであり、しかも、鉄板上の焼燬痕跡は右Y分岐接続器の焼燬にともなって生じたものと推定される。

他方、立坑内に存在していた設備は、いずれも、五四番待避所から石切き電開閉所に通じるケーブルであり、うち、可燃性のものは、各ケーブルの表面皮膜のみであるとみられるのである。したがって、立坑内に出火点が存在すると仮定した場合、焼燬するのは右のような皮膜のみであると考えられるところ、こうした火炎の延焼によって、前記認定したようなY分岐接続器の状態が惹起されたものとは到底考えられないところである。

したがって、弁護人の前記指摘は当をえないものというほかはない。

3  次に、弁護人は、本件火災発生当時、生駒トンネル内で列車を運転していたTが五四番待避所以外の方向に火炎を見た旨の連絡をしたことを証言している点で、なお、出火点が同所付近以外の場所である可能性を指摘する。

しかしながら、T証言中の、同人が火炎を現認した当時の状況に関する部分の概略は以下のとおりである。

すなわち、同人は前記電車を運転して、生駒トンネル内に入った後、時速約六八キロメートルで走行中に、トンネル入口から一七〇〇メートルないし一八〇〇メートル(実況見分立会時の指示説明によると、長田起点から六八〇〇メートル地点)の地点で、前方約三〇〇メートル付近にもやのような煙を発見し、速度を時速約四五キロメートル程度に減速してもやの中を走行していたところ、もやの中に入って二、三秒後に、左手前方三メートル付近に二〇ないし三〇センチメートルの火炎を見て、再度速度を上げて走行し、生駒トンネル内の斜坑付近で視界が開け、その後、火炎が見えた位置から七〇〇ないし八〇〇メートルの位置で電車が停止した、そして、右火炎を発見した後、同人は運転指令室に対して「BS15付近で、火らしきものが燃えている」との連絡を入れ、その後、右連絡内容が若干正確性を欠いていたため、これを追報した、というのである。

他方、右証言中に表れるBS15は、五四番待避所の東方約一六〇メートルの地点に存在する五七番待避所の付近にある信号機の呼称である。したがって、右証言は、出火場所である五四番待避所とは食い違っている。

しかし、前記証言のとおり、右火炎を現認した当時、T運転手は時速約四五キロメートルで走行していたのであり、しかも、当時、現場付近は煙が立ちこめていたというのであるから、もともと、火炎発生地点の認識にある程度誤認を生じてもやむをえないものと考えられる。しかも、関係各証拠によっても、右証言中に現れるBS15付近には火炎の発生等火災の痕跡はなんら見いだすことができないのであるから、前記証言内容が本件火災発生地点に関する前記認定を覆すものとは到底認めることができない。

第四  火災に至る因果経過について

一  出火地点であるY分岐接続器の概要について

1  前記第三において、認定したとおり、本件火災の出火地点は、五四番待避所内のY分岐収納箱内であり、かつ、発火点は本件Y分岐接続器本体であるものと推定される。

そこで、以下、本件火災が発生した原因を検討する必要があることになるが、その検討のために、まず、本件Y分岐接続器の構造の概要及びその特質を概観しておく。

2  関係証拠によると、本件Y分岐接続器は、凸型片端式Y分岐接続器と呼ばれるものであり、その機能は、前記第二の三のとおり、近鉄新生駒変電所から同新石切変電所に送電する二万二〇〇〇ボルトの高圧電流を、五四番待避所において分岐させて、その分岐した一方を石切き電開閉所に送電することにある。

そして、本件Y分岐接続器の構造は別図1、2のとおりであるが、その概要は次のとおりである。

(一) Y分岐接続器本体は、導体であるY字型をした形状の銅製金具を絶縁性のエチレンプロピレン(EP)ゴム製の絶縁物で包み、更に、その外面を半導電性のEPゴム製の半導電層で覆い、かつ、Y字型の頭部にあたる二股部の二孔と反対側の一孔内に、それぞれ、Y字型に近い形状の右銅製金具と特別高圧電力ケーブルとを接続させるようになった部位があり、各孔の付け根にそれぞれ環状の銅製埋込金具を施したものを一体として成型するという基本構造をしている。

(二) 他方、Y分岐接続器に接続する特別高圧ケーブルの構造は前記第二の二5(二)に認定したとおりである。

(三) ケーブルがY分岐接続器本体に接続される基本的な構造は、正規の手順によると、ケーブルの接続部分の手前部分において、遮へい銅テープに接地線が接続されており、ケーブルは、周囲にスペーサーが、また、その外部に、絶縁筒が取り付けられる。

そして、ケーブルの接続部分の先端部分にはクサビ型の接続部があり、この部分をY分岐接続器の本体の孔に挿入して、周囲にあるクサビ締め付け金具によって本体と締め付け固定される構造になっている。

また、ケーブル周囲の絶縁筒も、Y分岐接続器本体の各孔に挿入されるが、右挿入部には絶縁筒フランジと呼ばれる銅製金具があり、これを周囲合計六箇所をボルトで前記Y分岐接続器本体の銅製埋込金具に締め付けて、絶縁筒を固定することとなっている。

(四) そして、前記ケーブルの遮へい銅テープから接続された接地線は、各孔の周囲の絶縁筒フランジのボルトの一つに接続される。

そして、各絶縁筒フランジは、接地銅板で接続されるが、このうち、一孔側の絶縁筒フランジと二孔側の絶縁筒フランジの一方は、Y分岐接続器本体の上部を経由する接地銅板(大)で接続され、また、二孔側の双方の各絶縁筒フランジは接地銅板(小)により接続される。

接地銅板の接続方法は、いずれも、前記絶縁筒フランジ周囲で絶縁筒を固定するためのボルトで固定されるものである。

(五) なお、それぞれ単体のY分岐接続器は、周囲が保護用のビニール製カバー(PVCカバー)で覆われている。

(六) ところで、本件Y分岐接続器は、前記のとおり片端式Y分岐接続器と呼ばれるものであるが、それは、前記遮へい銅テープに生じる誘起電流の接地方式について、二孔側の一方に接続されたケーブルの遮へい銅テープのみで接地する方式となっているためであり、そのために、右(四)のように、各遮へい銅テープから接続された接地線を絶縁筒フランジを介して接続する必要があり、前記接地銅板と呼ばれる部品は、この接続のために必要な部品である。

3  本件Y分岐接続器の場合、前記認定のとおり、一号系、二号系と二重系統の送電系統が存在し、各送電系統毎に三相の送電用の特別高圧ケーブルが敷設されていたため、本件Y分岐接続器は合計六個が五四番待避所に設置されていたものであるが、いずれも、一孔側の接続部位に石切き電開閉所に至るケーブルが、また、二孔側の一方に新石切変電所から来るケーブルが、他方に新生駒変電所へ至るケーブルが、それぞれ接続されていた。

また、関係各証拠によると、本件Y分岐接続器には、いずれも、前記構造のうち、接地銅板(小)が取り付けられていなかったことが明らかである。

二  検察官の主張の概要

右のような、片端式Y分岐接続器の基本構造及び本件Y分岐接続器の形状を前提として、検察官は、本件火災の発生原因は、本件Y分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていなかったことにあると主張するのであるが、その主張にかかる火災発生に至る過程は以下のとおりである。

前記のとおり、本件でY分岐接続器に接続された電力ケーブルには二万二〇〇〇ボルトの特別高圧電流が流れるが、このように芯線に高圧の電流が流れた場合には、周囲の絶縁物の外部に誘起電流が生じ、これが遮へい銅テープに流れる。本件でY分岐接続器に接続された各ケーブルの遮へい銅テープに生じた誘起電流のうち、二孔側の一方である新生駒変電所に至るケーブル側に生じた誘起電流は、接地銅板(小)が取り付けられていないために、Y分岐接続器の絶縁筒フランジに接続された銅製埋込金具から、Y分岐接続器本体の表面の半導電層部(半導電性のEPゴム製)を介して、二孔側のもう一方(新石切変電所からのケーブルが接続された部位)の銅製埋込金具から絶縁筒フランジ、更には同ケーブルの遮へい銅テープへと流れようとする。このように、誘起電流が半導電層部に流れることにより、同部に「炭化導電路」が形成されるという現象が起きる。炭化導電路の形成とは、半導電層部に電流が流れることにより、瞬時的に同部が導体化するものである。

炭化導電路が形成されると、電気抵抗値が下がるために、誘起電流は、そこに集中して流れる。そして、電流が流れた部位は発熱して、炭素が燃焼して灰化すると、その部位の抵抗値が上がるため、誘起電流は周囲の半導電層部に流れ、更にその部位が発熱、灰化するという過程が繰り返され、この過程を繰り返して、炭化導電路はY分岐接続器本体に進行していく。

他方、右のように半導電層部が発熱すると、Y分岐接続器本体がPVCカバーで覆われているために、放熱より蓄熱効果が高まり、温度が極めて高くなり、その結果として、半導電層部が分解して可燃性ガス(塩化水素、一酸化炭素、メタンガス等)が発生し、これがPVCカバー内に貯留する。

右のような高温、高熱のためにPVCカバーも炭化して赤熱するに至り、抵抗値が下がって、電流が流れやすくなるので、誘起電流はPVCカバーと接続しているステンレスバンド(ステンレスバンドはY分岐接続器が設置された金属製の架台を介して大地と接地している。)を通じて大地に流れるが、電車の通行により振動する際にステンレスバンドとPVCカバーが離れた瞬間に、アーク放電と呼ばれる現象が生じ、これによって、内部に貯留していた可燃性ガスに点火して発火に至り、その際に、右のような発熱により赤熱していたY分岐接続器本体やPVCカバーも燃焼するに至る。

三  西尾鑑定について

検察官は、右二記載のような本件火災の発生原因を立証するために、まず、鑑定人西尾大丈夫作成の鑑定書(検三六。以下、西尾鑑定書という。)及び同人の証言(以下、この両者をまとめて「西尾鑑定」という。)を証拠として提出している。

そこで、本件では、西尾鑑定により、本件火災発生の原因の推定が可能かどうかを検討する必要がある。

1  証拠能力について

なお、弁護人は、右鑑定書は、(一)鑑定において実施された諸実験の際の前提条件が、本件Y分岐接続器に流れたと推定される電流値とは異なっているから、そもそも、本件と関連性を有しない、(二)実験結果の推論の過程において、科学的根拠が提示されているとはいえないから、鑑定としての最低限度の証明力を欠き、関連性を有しない、(三)鑑定書を作成した鑑定人が、中立的立場にあったものとはいえないから、鑑定人としての適格性を欠いている、との点を指摘し、右鑑定書の証拠能力を争う。

しかし、まず、右(一)の点については、そもそも証拠能力の要件として必要とされる関連性とは、証拠の要証事実に対する最低限度の推定力をいうものと解されるものであるが、右鑑定書及び西尾証言によれば、(1)右鑑定においては、鑑定事項は本件火災発生原因の特定にある、(2)そのために、まず、鑑定人はその発生現場を特定したうえ、その電力系統等を確定し、更に、鑑定人が同現場を実地に見分し、各施設の焼燬状況等を調査し、かつ、本件火災発生時の各電力設備の動作状況を確認した、(3)右の結果として、鑑定人は、出火部として五四番待避所内のY分岐接続箱を推定し、また、出火原因として本件Y分岐接続器にとりつけられるべき部品のうち接地銅板(小)が現実には取り付けられていなかったことが判明したことから、出火原因はこれによる電気的な異常現象によるものと推定した、(4)そのうえで、鑑定人は、右推定を裏付けるために、特別高圧電力ケーブルの燃焼実験(電力ケーブル自体が燃焼し、かつ、その燃焼の状況が本件火災発生現場の各施設の焼燬状況と矛盾しないことを確認する実験)、Y分岐接続器のクサビ部の通電実験(Y分岐接続器本体とケーブルの接続不良による火災発生の可能性を除外する実験)及びY分岐接続器の通電実験を実施した、(5)右の各実験を実施するに際しては、鑑定人は、本件火災の発生現場から採取された各資料を参考にして、現場の状況を再現するように努めた、(6)前記現場の見分の際の推定と右の実験結果を参考にして、鑑定人は、本件火災の発生原因は前記接地銅板(小)の未取付けによって生じたとの鑑定結果を提出した、(7)そのうえで、前記鑑定書は、鑑定人の行った現場見分の過程及びその出火部ないし出火原因の推定の過程、各種実験の目的、経過及び結果、更にその実験結果からの推定の過程を記載し、西尾証言はその記載された事項について、内容の正確性を証言するものである、との各事実関係を認めることができる。

右事実によれば、西尾鑑定は、本件火災発生の原因の解明を目的として実施されたものであって、本件についての関連性がないものとはいえないことは明らかである。もとより、要証事実の立証という観点からみた場合、鑑定の経過において行われる各種の実験が現に発生した事実関係を再現したものというためには、実験の前提となる諸条件が現に発生した諸事実と合致する必要性があることはもちろんであるが、これらの事項はもっぱら証拠の証明力の問題というべきであって、その限りで、弁護人の主張は失当というほかない。

また、弁護人が主張する(二)の点についても、前記鑑定書及び西尾証言によると、これらの各証拠が、現場見分・調査及び実験結果に基づく推定の過程を鑑定人としての判断から記載、叙述するものであることが明らかであって、弁護人が指摘するような西尾証言中の諸問題は、証明力ないしはその信用性に影響を及ぼすものであることは別にしても、その鑑定書自体の証拠能力に影響を及ぼすものであるとはいえない。

更に、弁護人が指摘する(三)の点については、前記認定のとおり、前記鑑定書及び西尾証言からみれば、西尾鑑定において実施された各種の実験のうち少なくともY分岐接続器通電実験と称する実験は、その前提として、本件火災の発生原因が接地銅板(小)の未取付けにあったとする推定を前提に行われたものであることは明らかである。しかしながら、通常、鑑定における実験は、一定の推論を前提に、その再現を行うことによって、事実関係の解明を行うことを目的として行われるものであるから、こうした推論が存在することによって、鑑定が公正中立性を欠くものとすれば、実験自体が成立しない。そして、西尾鑑定にあっては、右の推論は、鑑定人自身が現場見分を行ったうえで、本件火災発生当時の電力系統の作動状況も確認して得られたものであることは前記認定のとおりであるから、弁護人が指摘するような事由によって、西尾鑑定の証拠能力が左右されるいわれはない。

以上によれば、西尾鑑定の証拠能力に関する弁護人の主張はいずれも理由がない。

2  西尾鑑定で実施されたケーブルの燃焼実験及びクサビ部通電実験について

(一) 西尾鑑定においては、まず、本件Y分岐接続器に接続された前記の各ケーブルそのものについて燃焼の可能性とその状況を確認するために、ケーブルの水平、垂直及び円弧状の各方向についての燃焼実験が行われた。

(1) このうち、CVTケーブルの水平燃焼実験においては、長さ2.5メートルのCVTケーブル三本を水平状に懸架させ、12.7キロボルトの電圧を課電しながら、直下方向と真横方向から別々にガスバーナーの炎をあてて、燃焼させるものである。

水平燃焼実験の結果は、バーナーの炎のあたった部分しか燃焼せず、水平方向では延焼しないことが推定された。

(2) 次に、鉄線外装ケーブルの垂直燃焼実験においては、長さ約3.2メートルの鉄線外装ケーブル二本を垂直に立て、前記同様に12.7キロボルトの電圧を課電しながら、ケーブル下部にガスバーナーの炎をあてて燃焼させた(なお、うち一本のケーブルは、炎のあたる部分について、鉄線外装部を除去した。)。

垂直燃焼実験の結果、鉄線外装を除去しない場合の通常のものは、炎のあたる最外部の防食層のみが若干燃焼する程度であり、内部の絶縁層への着火には至らなかった。これに対して、鉄線外装部を取り除いたものについては、内部の架橋ポリエチレンが溶融燃焼し、バーナー消火後も燃焼が継続した。

また、垂直燃焼実験としては、本件現場の立坑を模擬して、波付き硬質ポリエチレン管内に鉄線外装ケーブルを入れ、ケーブル下部の鉄線外装部を除去して、下部に炎をあてる実験が行われた。その結果、着火後、四分で火勢が強くなり、五分後には、右ポリエチレン管が全焼したが、その途中には爆発音が発生した。

そして右燃焼実験の結果、最外部の防食層はほぼ焼失し、鉄線が露出する状態となった。

(3) 円弧状燃焼実験においては、トンネル天井を模擬した石膏ボード上にCVTケーブルを取り付け、前記同様に12.7キロボルトを課電しながら、その片端の下部にバーナーの炎をあてた。

右燃焼実験の結果、着火後、燃焼が急速に進行し、天井相当部付近まで達するが、その後は極端に火勢が弱まり、着火後七、八分で自然消火に至った。

(二) 次に、西尾鑑定において実施されたクサビ部通電実験についてみるに、これは、Y分岐接続器本体と接続ケーブルが接続されるクサビ型部分において、締付金具を取り付ける際のケーブル間の接続不良に起因して本件火災が発生した可能性を検討する除外実験である。

同実験においては、一個のY分岐接続器の二孔側の一方のクサビ部を正規にトルクレンチで取り付け、他方を手回しにより取り付けたものを準備して、一八アンペア及び三〇アンペアの電流を約三時間連続通電したものであるが、いずれについても、接続不良による発熱等はなかった。

また、接続不良の状態を極端化するために、二孔側の一方の接続部の導体に絶縁フィルムを巻いた上取付けを手回しにより行ったものと、正規の取付状態にしたものについても、右同様の電流を通電する実験が行われているが、発熱等はほとんど観測されなかった。

3  Y分岐接続器の通電実験の概要

次に、西尾鑑定において行われた各種のY分岐接続器の通電実験等についてみるに、これらは、最終的に、Y分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていない状態で、その絶縁フランジ埋込金具部分に相当する二股部に通電した場合に、発火、燃焼という現象が認められるか否かを確定しようとする目的で行われたものであり、前記検察官が主張する本件火災発生の原因の解明にとっては、中心的な意義を有するものである。

そして、右通電実験等は、(一)半導電性ゴムの特性試験、(二)二股埋込金具間の電圧、電流値の推定、(三)Y分岐接続器単体による通電実験、(四)Y分岐接続器二股部サンプルの通電実験、(五)加速通電によるY分岐接続器の燃焼実験、(六)Y分岐接続器積み重ねによる燃焼実験、(七)Y分岐接続器三段積み重ね通電実験、(八)Y分岐接続器半導電層部連続通電による減量実験に分かれているので、以下、西尾鑑定における鑑定書の記載及び西尾証言から、各実験の目的、方法、結果等を概括的にみておく。

(一) 半導電性ゴムの特性試験

この実験は、Y分岐接続器の本体の表面が半導電性ゴム層で形成されていることから、その特性を知るために、短冊状の半導電性ゴムのサンプル(厚さ二ミリメートル)二枚を作成し、いずれも二枚の銅板で挟んだうえで、一枚を下面からブンゼンバーナーで加熱し、その電気抵抗の変化をみるとともに、燃焼の有無を確認した。他の一枚は、加熱せずに低電圧発生装置により通電させて、サンプルの変化をみたものである。

実験結果は、バーナー加熱したものについては、抵抗値は加熱によって低下し(ただし、この際の抵抗値の変化の数値は鑑定書中には記載されていない。)、また、摂氏二九五度まで加熱しても、燃焼しない。

通電したものについては、電流値1.5ないし2.5アンペアの電流を流すと、自己発熱し、無煙燃焼する。

(二) 二股部埋込金具間の電圧、電流値の推定について

これは、Y分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていないことを前提として、これに接続されるケーブル芯線に二万二〇〇〇ボルトの特別高圧電流が流れた場合に、回路のうち右高圧電流による誘起電流が流れる遮へい銅テープで構成される回路(遮へい層回路)に、どの程度の電流が流れるかを推定するものであり、これは、シミュレーションによる計算値と実測値の測定とに分かれている。

(1) シミュレーションによる計算は、右誘起電流が、①芯線に電流が流れることにともない相互誘導作用により電流が流れる現象と、②芯線の回路が課電状態にあることにともない静電容量により充電電流が流れる現象を、それぞれ、独立して分析して結果を重畳するという方法によったものである。

右のうち①は、別紙1の1.1「計算回路」により、相互誘導作用による電流値を同1.2の計算式で求めるものであり、②については、別紙2の2.1の「充電電流分布基本計算式」と同2.2の「計算回路」により充電電流値を求めるものである。

右による計算結果は別紙3の「4.計算結果」と題する表のようにまとめられている。

そのうえで、鑑定書は、遮へい層電流値は1.5アンペア程度で、電圧は五ボルト〜五〇ボルトと推定し得るものであったとしている。

(2) 次に、実測値は、昭和六三年九月一七日、鑑定人が新石切変電所において、一号特別高圧電力ケーブルについて、遮へい層の電流値及び電圧値を実測したものであり、その結果は、別紙4のとおりである。

右(1)(2)の数値を前提に、鑑定人は、遮へい層電流値は平均1.8ないし2.1アンペアで、電圧は平均35ないし41.8ボルトであり、シミュレーション計算値の妥当性を確認することができたとしている。

(三) Y分岐単体の通電実験

この実験は、単体のY分岐接続器(なお、以下の各種通電実験においてY分岐接続器が資料として用いられている場合には、全て、接地銅板(小)は取り付けられていない状態で実験が実施されている。)の埋込金具部分に電流を通電し、半導電層部の発熱、燃焼の状況を観察するものである。

同実験は①電流1.0アンペアから0.2アンペア刻みで2.0アンペアまで各段階毎に三〇分を保持しながら通電した実験と、②電流2.0及び3.0アンペアの一定に保ちながら連続通電した実験とに分かれる。

その経過と結果は別紙5の1ないし4のとおりである。

そして、鑑定書によると、同実験のうち①に関して、PVCカバーをつけない蓄熱効果の少ない条件下でも1.8アンペアで二股部半導電層部に局部的な導通が発生するとともに、炭化導電路に顕著な赤熱箇所が認められたものとしている。

(四) Y分岐接続器二股部サンプルの通電実験

これは、Y分岐接続器の二股部の半導電層部を模擬したサンプル(半導電性ゴムのみによって形成されたものと、半導電性ゴムと絶縁性ゴムを一体のものとして形成したものの二種類)を作成して、通電して、発火燃焼条件を求めるものである。

その結果について、1.5アンペアで絶縁破壊による炭化導電路が形成されること、半導電性ゴムと絶縁性ゴムを一体化したものについては「絶縁破壊発生後、半導電性ゴム部の局部導通が進展し、次に残っている絶縁ゴム表面にも炭化導電路の発生と燃焼が起こり他への移行が認められた。」という結果となっている。

(五) 加速通電によるY分岐接続器の燃焼実験

この実験は、前記一連の実験等によりY分岐接続器の二股部の半導電層部に1.5アンペアの電流を流すと、炭化導電路が形成され、時間の経過とともに、炭化導電路の表面部が落ち、新たな炭化導電路が形成されたことから、この現象を促進させるために、Y分岐接続器の二股部の半導電層部に五ないし一〇アンペアの電流を通電して、炭化導電路の形成の経過及び発炎燃焼の経過等を観察した実験である。

その結果Y分岐接続器の二孔部側の半導電層部の上面及び下面、その後、本体胴体部の上下面に炭化導電路が拡大し、更に、その下の絶縁層まで炭化することが確認された。ただし、この実験においては、発炎燃焼等の現象は確認されていない。

(六) Y分岐接続器の積み重ねによる燃焼実験

この実験は、あらかじめY分岐接続器の二股部の埋込金具に通電して半導電層部を焼き落としたサンプルを作成し、これにPVCカバーを取り付けて、水平に積み重ねて、各相に通電して、炭化導電路の形成の進行、発熱及び燃焼の状況を観察したものであり、その条件及び各条件毎の結果は、以下のとおりである。

(1) Y分岐接続器を水平三段に積み重ねて、真ん中の相のみ、及び真ん中と下段の相の各二股部にそれぞれ五アンペアの電流を通電した場合、それぞれ、炭化導電路は二股部の上面、下面に拡大し、器体全面の上下端で亀裂し、更に、内部絶縁ゴム層まで炭化する。いずれの場合もカバーは燃えなかった。

(2) Y分岐接続器を水平二段に積み重ねて、各相の二股部に1.5アンペアの電流を一一六時間、ついで、2.0アンペアの電流を一九五時間連続通電した。

この場合には、2.0アンペアの電流の通電開始後一七二時間以降で、Y分岐接続器から自然発火する(なお、鑑定書本文の記載によると、右(2)の実験は、前後三回にわたり、それぞれ、あらかじめ炭化導電路を形成したY分岐接続器を準備し、それぞれ、1.5〜2.0アンペアの電流を通電する実験のように記載されているが、同鑑定書添付資料(5)(特高ケーブル及び凸型Y分岐接続箱等の燃焼特性ならびに燃焼実験結果)一二、一三頁の記載と本文の説明を対比すると、右二段積み重ねの実験の経過は右のとおりであると理解される。なお、この実験の経過については、更に後述する。)。

その経過と結果は別紙6の1、2のとおりである。

(七) Y分岐接続器三段積み重ね通電実験

前記(六)と同様に、あらかじめ二股部の埋込金具間に通電して半導電層部を燃焼させたサンプルを作成し、これにPVCカバー、絶縁筒及びステンレスバンドを取り付けて、水平三段に積み重ねたうえ、実際のY分岐収納箱を模した箱内に設置して通電し、Y分岐接続器及びケーブルの燃焼の状況を観察した実験である。

(1) 右のサンプルを実際と同様の鉄製受け皿に置いて、2.0アンペア、引き続いて2.5アンペアの電流を順次通電し(なお、2.5アンペアを通電する際には、ステンレスバンドにも通電した。)、更に二〇分後に、3.9アンペア、その三五分後には七アンペアの電流を通電した。

その結果、2.5アンペア通電時には、ステンレスバンドとY分岐接続器本体間にアーク放電が生じて発火するが、炎は余り大きくならない。3.9アンペア通電時には炎は少し大きくなるが急速な拡大はみられない。七アンペア通電時には、炎はY分岐接続器の一孔側に延焼するが、二孔側には延焼しない(なお、右の実験の際の通電条件についても、鑑定書本文は異なっているが、前記鑑定書添付資料(5)と対比すると、実験の経過及び結果については、右のとおりであると理解される。)。

(2) 前記のサンプルに更にケーブルを接続し、これを実際の現場にあったY分岐接続器収納箱を模した鉄製箱内に設置して、通電したものであり、この実験は前後三回にわたり実施されたものである。

第一回目の実験では、上段のY分岐接続器が発火の後(なお、前記同鑑定書添付資料(6)一四頁の記述によると、「七〇Aまであげても発火燃焼しなかった」との記載があるが、同部分のこれに続く記載は、発火燃焼を前提とするものであり、本文中の記載と対比しても、発火の現象が観察されたことが看取される。)、燃焼が緩やかであったので、ガスバーナーによりY分岐接続器本体に着火させたところ、火勢が強くなり、約一時間三〇分で黒煙が室内に充満する状況に至った。Y分岐接続器を設置した箱内では、Y分岐接続器全体が燃え上がり、上昇火炎が鉄箱の天井にあたって天板内面に沿って走り、両端のケーブル立ち上がり部に延焼した。そして、ケーブル水平部にも延焼がみられた(なお、この実験については、通電電流値に関する記載はない。)。

第二回目の実験においては、室内の換気能力を上げたうえで、通電電流2.2アンペアで、ドライバーによりアーク放電を発生させて発火させたところ、炎は約三時間三〇分で小さくなり、下段のY分岐接続器にガスバーナーの炎をあてて燃焼させたが、火勢は強くならず、ケーブルへの延焼もみられなかった。

第三回目の実験においては、通電電流1.8アンペアで、中段及び下段のY分岐接続器とステンレスバンド間で更に金属棒によりアーク放電を発生させたところ、発火し、上段部にも拡がった。そして、換気装置を停止したところ、火勢は強まったが、ケーブルへの延焼はみられなかった。

(八) Y分岐接続器の半導電層部連続通電による減量実験

Y分岐接続器本体の半導電層部及び絶縁層に炭化導電路が形成されると器体の重量が減少することが推定されたために、右炭化導電路の形成の度合い、発火燃焼しうる条件となる時期及びこれらの経過と本件火災発生時期との関連を確認するために、Y分岐接続器の二股部に、最初の一八日間は1.5アンペア、その後は2.0アンペアの電流を連続通電したところ、二股部の上下部の半導電層部約一一〇グラムを炭化するのに約五二〇日、Y分岐接続器本体の胴部の半導電層部約七〇グラムを炭化するのに一二日を要する。

4  西尾鑑定の評価について(一)(燃焼実験について)

(一) 西尾鑑定において、まず、一連のケーブル燃焼実験に関しては、ケーブルの構造上、芯線の周囲に施された絶縁物、半導電層部及び更に外部に施されたビニール製防食層等の燃焼が確認されている。

他方、燃焼実験の内、垂直燃焼実験では、本件立坑に模した管内にケーブルを通して燃焼させた場合には、全体として火勢が強くなり、ケーブルの最外部の防食層がほぼ焼失するという実験結果が得られているのであるから、前記第三において認定した、本件火災発生現場の立坑の状況にほぼ符合するものと評価できる。また、円弧状燃焼実験においては、円弧状に敷設されたケーブルの一方端の下部から燃焼が生じた場合、最上部付近まで延焼が継続することが確認されている点も、右認定の五四待避所付近の二号系ケーブルのアーチ部の燃焼状況に概ね符合するものといえる。

したがって、右の実験結果は、本件火災が焼燬したケーブル自体から発生したものではなく、五四番待避所内のY分岐接続箱内に発生した火炎が延焼したものであるとの認定を、ある程度まで裏付けるものであり、少なくとも、この結論に矛盾しない実験結果であると評価できる。

(二) 次に、クサビ部通電実験については、本件Y分岐接続器と同型のY分岐接続器クサビ部の締め付け金具の取り付けに不良があっても、発熱等の現象が確認されなかったことから、右クサビ部に接続されたケーブル自体の接続不良に起因して発熱、発火が生じた可能性は否定されるというのであり、この実験結果の信用性には格別疑いを容れる余地はなく、本件火災の発生原因としては、右のような原因は除外されるものと考えられる。

5  西尾鑑定の評価について(二)(通電実験における炭化導電路形成条件について)

(一) まず、西尾鑑定によると、本件Y分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていない場合、Y分岐接続器の二股部の両極に電流が流れると、Y分岐接続器表面の半導電層部に炭化導電路と呼ばれる導電部が形成されること、同部分に通電を継続した場合に、炭化導電路の形成がY分岐接続器二股部の上下からその胴体部分に向かって進行し、当該部分が発熱することは一応推定することができるものと考えられる。

問題は、西尾鑑定における各種通電実験において、通電された電流値等の条件設定が、本件Y分岐接続器の二股部に流れたものと推定される電流値等の現実に生じた事態と合致するものであるかどうかという点、すなわち、右各種実験の再現性という点にある。

(二) 右の問題について、まず、西尾鑑定書自体の記載によって、炭化導電路が形成されるための条件について検討すると、この点に関する実験は、Y分岐接続器二股部サンプル通電実験(前記3(四))であり、これによれば、電流1.5アンペアにより、絶縁破壊により炭化導電路が形成されることが確認されたものとされている。

そこで、右のような電流値に見合った電流が本件Y分岐接続器の二股部に流れたものと推定されるかどうかという点であるが、この点について、西尾鑑定は、二股部埋込金具間の電圧、電流値の推定(前記3(二))を行ったものである。

そこでは、シミュレーションによる計算値として1.5アンペア程度と推定されることが記載されているが、そもそも、シミュレーションによる計算結果自体は別紙3の「4.計算結果」に記載したとおりであり、これによると、接地銅板(小)が取り付けられていない状態で、かつ、Y分岐接続器二股部に未だ炭化導電路による局部導通が生じていない状況のもとでY分岐接続器二股部に流れたと推定される電流値は0.9ないし1.4アンペアと記載されているのであるから、右シミュレーションによる計算値として1.5アンペアという数値を採用したという西尾鑑定書の記載の意味は不明というべきである。

また、西尾鑑定書においては、一方でシミュレーションによる計算値とは別に、鑑定人自身が新石切変電所内において計測した、いわゆる実測値として1.8ないし2.2アンペアという数値が記載され(別紙4)、他方で、シミュレーションによる計算値と右実測値を比較して、前記1.5アンペアという数値の妥当性を確認したというのである。

しかし、右実測がなされた時点は本件火災が発生した後の昭和六三年九月一七日であり、この時点ではY分岐接続器に接続された接地系統自体に変更が加えられたことが明らかである(別紙4に記載された回路図とシミュレーション計算の前提となった回路(別紙1、2)とは明らかに異なっている。)。そうであるとすると、そもそも、シミュレーションによる計算結果と右実測値を比較するということ自体、いかなる意味を有するのかを了解することもできないというべきであり、更に、前記シミュレーション結果による計算値と右実測値を比較して1.5アンペアという数値の妥当性を確認したという前記西尾鑑定書の記載の意義も不明確というほかはない。

そして、右の点に関しては、西尾証言によっても、明確にされたものとは認めがたいのである。

すなわち、西尾証言は、シミュレーションによる計算値を1.5アンペアとまとめた理由は、立坑部分のケーブルの長さを考慮に入れたというのであるが、その趣旨自体不明確であるばかりでなく、右の説明は立坑部分のケーブルの長さを考慮した場合、前記のとおり0.9アンペアから1.4アンペアと計算された数値が、何故に1.5アンペアという数値に修正されるのかという根拠を示したものとはいえない(この点は、木村紀之証言、同人作成の鑑定書(弁五)に指摘されたとおりである。)。

また、西尾証言中には、サンプルによる通電実験においては、1.5アンペア以下の電流値によって、炭化導電路が形成されたことを指摘する部分もあるが、西尾鑑定書自体にはその旨の記載がなく、右証言部分のみより、炭化導電路が形成される条件を推定することができないことは明らかである。

(三) 更に西尾鑑定書においては、炭化導電路の形成という現象そのものに関して、「1.8アンペアで二股部半導電層に局部的な導通が発生するとともに炭化導電路に顕著な赤熱箇所が認められた。」(Y分岐接続器単体の通電実験に関して、鑑定書六八丁裏)、「Y分岐二股部の埋込金具に加速的に五〜一〇アンペアの電流を流して炭化導電路を生じた赤熱炭化部を促進させるとその炭化導電路が二股部からしだいに本体胴部の上下面へと拡大していくのが認められた。」(加速通電によるY分岐接続器の燃焼実験に関して、鑑定書六九丁裏)、等の記載部分がみられ、炭化導電路の形成を通電による発熱の結果として生じる現象としているかのような部分がある。

ところで、西尾鑑定によるY分岐接続器への通電実験は通電電流1.5ないし2.0アンペアにより実施されている(前記3(四)ないし(七))のであるが(なお、通電実験のうち、二段積み重ねによる実験及び三段積み重ねによる実験については、通電以前に、Y分岐接続器二股部に五アンペアないし一〇アンペアの電流を通電して同部分の半導電層部を焼き落としたというのである。)、仮に、西尾鑑定にいわれるような炭化導電路の形成原因に関する理解を前提とする場合、通電による発熱量は、抵抗値が一定の場合には、いわゆるジュールの法則にしたがって、電流値の自乗に比例することが指摘されているから(木村証言)、前記の右の各実験において採用された電流値と前記シミュレーションによる計算値を前提とする電流値1.4アンペア(局部導通を生じる前の数値)との間に較差があるということは、結局、右の各実験が本件Y分岐接続器の二股部に流れた電流値、ひいては、これによって生じる発熱、発火に至る過程を再現したものとはいえないということを示すものとなる。

(四) 以上によると、結局、本件Y分岐接続器の二股部絶縁フランジ間に流れた電流値を推測するものとしては、前記シミュレーションによる計算値しか存在しないこととなり、これによると、同数値は0.9ないし1.4アンペアということになるから、前記(一)のサンプルによる実験の際の電流値として記載された1.5アンペアの電流値には達しないものというほかはなく、その限りでは、西尾鑑定によっては、接地銅板(小)が取り付けられていなかったことと本件火災の発生との間の因果経路は解明されたものとは認めがたいというほかない。

四  S報告書及び同証言について

そこで、次に、右西尾鑑定の不明な点を補充するものとして提出され、当裁判所において鑑定書に該当するものとして取り調べた調査報告書二通(検三〇、三一。以下、S報告書という。)及びS証言(第二回)について検討する。

1  S報告書の証拠能力について

なお、弁護人は、右のS報告書について、(一)これは単に実験の経過と結果を記載したものにすぎないから、鑑定書としての実質を備えているとはいえない、(二)右S報告書の作成者は、住友電気工業株式会社産業電線技術部部長森下俊男であるから、S証言(第二回)によっては、作成者によりその内容の真正が証明されたものとはいえない、として証拠能力を争う。

そこで、検討するに、右S報告書の記載、S証言(第一回、第二回)及び西尾証言によると、右S報告書の作成の経過について、次のとおりの事実を認めることができる。

(一) 住友電気工業株式会社は、昭和六二年一二月二二日付及び昭和六三年一〇月二八日付で、大阪府警察本部から、特別高圧ケーブル及びY分岐接続器の接続部等の燃焼実験の実施、及びY分岐接続器の接続部付近の遮へい層接続異常時のケーブル回路電流及び充電電流による発生電圧の検討等の依頼を受け、これに基づき、昭和六二年一二月二二日から昭和六三年一一月二日(ころ)にかけて、実験計画の策定、実施及び結果のとりまとめ等の作業を行い、各実験毎の経過及び結果を記載した報告書を全てとりまとめたものを、昭和六三年一一月二日に、大阪府警察本部に提出した。これがS報告書である。

(二) 右の実験等の範囲は、①ケーブルそのものの燃焼実験、②Y分岐接続器クサビ部通電実験、③Y分岐接続器の接地銅板(小)が取り付けられていない場合に、ケーブルの遮へい層を流れる電流値をシミュレーションによる計算により推定する実験、④Y分岐接続器の半導電層部の通電実験(サンプルによるもの、Y分岐接続器単体・二段積み重ね・三段積み重ねによる実験)に及ぶものであり、この結果が前記一記載の西尾鑑定書に実験結果として援用されている。

右各種の実験のうち、少なくとも、ケーブル遮へい層を流れる電流値をシミュレーション計算により推定する作業に関しては、住友電気工業株式会社が独自の計算方法を用いて行い、また、Y分岐接続器の通電実験についても、サンプルないしはY分岐接続器本体の作成、選定ないしは実験にあたっての条件設定に関しては、住友電気工業株式会社において行った。

(三) そして、他方、右のうちシミュレーションによる電流値の推定作業については、本件火災発生の現場における新生駒変電所−新石切変電所−石切き電開閉所間の接地系統の回路を事故前後を通じて確定した上で、この回路を前提にして、充電電流等を推定するための公式を用いて、抵抗値の変化等の条件変化に応じて、算出したものである。

また、通電実験については、実験の実施作業そのものはある程度まで機械的な作業であるにしても、その条件の設定、すなわち、通電電流の設定、その際に形成される炭化導電路の影響をどの程度に考慮するかといった点については、明らかに、電気に関する専門的な知識にしたがって実施されたものであるばかりではなく、右実験の結果から、どのような推定が可能か(いわゆる実験の成果)については、こうした知見がなくしては到底なしえないところである。

そして、S報告書は、右のような専門的な知識、知見を用いた計算ないし実験の経過及びそれから推定される成果を記載したものということができる。

(四) ところで、右住友電気工業株式会社において行われた一連の実験、シミュレーション計算の作業については、右の当時同会社大阪製作所電力事業部技術部部長補佐(その後、同部次長、更に、昭和六三年七月以降は、同社東京本社電力技術部次長)の立場にあり、本件Y分岐接続器の設計、制作にあたったSが同会社産業電線事業部等の技術関係職員数名の補助のもとで実施したものであり、Sは、シミュレーション計算に関しては、その前提となる本件火災発生前後の回路図の設定、充電電流等の計算式等については、全てこれを了解しており、また一連の実験に関しては、通電する電流値及び各サンプルないしY分岐接続器の接地、接続等の実験条件の設定、実験の経過の観察及びその結果の確定、更に、その結果からの推定事項たる成果を推定する作業に至るまで、全て、同人の責任において行われたものであり、また、右実験等の目的ないしは意義が何であるか、実験の経過がどのように行われたものであるか(それが、前記S報告書に正確に記載されているかどうかという点を含めて)等について説明しうる者である。

(五) S報告書は、いずれも大阪府警察本部に提出される際に作成された送付文書の作成名義人として、住友電気工業株式会社産業電線技術部部長森下俊男の各記載がある。これは、Sが、昭和六三年七月に、住友電気工業株式会社大阪製作所電力事業部技術部次長から同会社東京本社電力技術部次長に転出したために、それ以後も従前どおり来阪して前記作業に関与したものの、前記のとおり、実験の実施等にあたってSを補助した職員らが所属する同会社産業電線技術部部長であった森下俊男が右送付文書の作成名義人となったものである。

以上のとおりの認定事実によれば、まず、Sは、単に機械的な実験ないしはシミュレーション作業のみを行ったものではなく、シミュレーションによる電流値の計算に関しては、それ自体、同人の専門的な分野の知見を応用して、本件Y分岐接続器の絶縁フランジ間に流れた電流値を推定するという作業を行ったものと評価できるし、また、各種の通電実験に関しても、右同様の知見に基く実験を通じて、本件火災が発生した原因を究明する作業を行ったものであるから、その実質は、裁判所の行う鑑定と同様のものであるといえる。そして、S報告書は、右のSの作業の経過、結果及びその成果を記載した書面といえる。

このような、Sの行った実験経過及びS報告書の性質に鑑みれば、S報告書は、刑事訴訟法三二一条四項の要件により、証拠能力を取得するものと解するのが相当である。

ただし、S報告書では、前記のとおり、送付文書の作成名義人はSではないものの、前記認定の各事実によると、その内容に関する部分についての作成者はS自身であると評価できるものであり、右送付文書の作成の経過についてもS証言によってその形式的な真正が証明されたものといえるから、右送付文書部分の作成名義人がSでないことをもって、その真正の証明がないものとはいえない。

以上を前提にして、S証言(第二回)により右S報告書中のシミュレーションによる計算の過程及び結果、各種の実験の経過及び結果、更にその成果の各記載の正確性が証言されたことにより、当裁判所としては、S報告書は証拠能力を有するものと考えるので、弁護人の主張は採用しない。

2  S報告書及び同証言による炭化導電路の形成条件について

(一) S報告書及び同証言によると、西尾鑑定にY分岐接続器二股部のサンプル通電実験として記載された実験の概要及び経過は次のとおりである(検三一の二三五三頁以下)。

右の実験で使用されたサンプルは、前記三3(四)のとおりの、半導電性ゴムのみで形成されたものと、半導電性ゴムと絶縁性のゴムを一体化したものの二種類であり(その形状は、本件Y分岐接続器の二股部を模して中央部が窪んだ鼓型で、最も狭くなった部分の厚みは、右二股部の距離に合わせて六ミリとしたもので、右のうち半導電性ゴムのみからなるものは、その厚さは一〇ミリメートルで、絶縁性のものを一体化したものはこれに厚さ五ミリメートルの絶縁部を付加したものである。)、また、その実験方法も同記載のとおり、右サンプルの両端に電極を設置して通電するというものである。そして、この実験における通電条件は、0.5アンペアから1.5アンペア(ただし、何回かの実験においては、更に電流値を経時的に最大八アンペアまで上昇させる実験も実施されている。)であった。

その結果、半導電性ゴムのみによって形成されたものについては、0.5アンペア通電条件下で、通電二〇分後に抵抗値が四五〇オームから六二オームに低下する現象が(S報告書二三五五頁A 4)、また、半導電性ゴムと絶縁性ゴムを一体化して形成したものについては、当初0.6アンペア、途中から0.8アンペアという通電条件のもとで、通電一二分後に抵抗値が四八三オームから三〇オームに低下する現象がそれぞれ確認されている(S報告書二三五五頁B 1)。

また、S証言によると、更に、Sらは右実験後各サンプルを割って炭化導電路の形成を確認したというのである。

S証言は、右の実験結果及び見分結果に基づいて、右サンプルについては、0.5アンペアの電流を通電することによって、名称は別にしても、サンプル内に局部的に抵抗値の低い導通路が形成されたものと結論するのである。

(二) 以上によると、本件Y分岐接続器の二股部に最低限度0.5アンペア程度の電流が流れた場合には、当該電流自体によって、右二股部の半導電層部に炭化導電路と呼ばれる電流の導通路が生じること、そして、このような炭化導電路が形成される時間的な経過からみて、こうした現象は通電自体に起因するものであって、通電による発熱の結果として生じるものではないことが推定されるものということができる。

そうすると、本件Y分岐接続器の二股部に流れたものと推定される電流値について、前記シミュレーションによる計算値である1.4アンペアを前提としても、同電流値は、炭化導電路の形成条件を推定するために実施された実験であるY分岐接続器二股部のサンプル通電実験における通電電流値を超えるものであるから、前記西尾鑑定の持つ不明確な点は右により解明されたものといえる。

3  S証言及び同報告書による発熱、燃焼に至る経過について

そこで、S報告書及び同証言により前記西尾鑑定を更に補充しながら、Y分岐接続器に炭化導電路が形成された場合、その後の経過に関する各種の実験の意義について、以下、検討する。

(一) 右2のように、本件Y分岐接続器の二股部に流れた電流により、炭化導電路が形成された場合、これがその後どのように形成、発展していくかについては、Y分岐接続器本体(単体)への通電実験及び減量実験によりこれを検討する必要がある。

すなわち、右のうち、Y分岐接続器本体(単体)への通電実験の結果によると、Y分岐接続器本体に五ないし一〇アンペアの電流を通電した場合、炭化導電路は二股部からY分岐接続器本体に拡大していく状況が認められるものである。そして、S証言によると、二股部の一部に炭化導電路が形成された場合、その部分は炭化し、その部分に集中して電流が流れ、最終的には酸素と結合して灰化してしまう。このように、当初形成された炭化導電路部が灰化すると、同じ現象が、その周囲の部分に拡大していくという現象が繰り返されるというのである(ただし、この場合、炭化導電路部は赤熱することはありうるが、それ自体、Y分岐接続器本体等を燃焼させるようなことはない。)。

他方、前記減量実験によると、Y分岐接続器本体の二股部に1.5アンペアないし2.0アンペアの電流を通電し続けた場合、西尾鑑定の記載によると五三〇日程度、S報告書によると五〇〇日程度で、炭化導電路はY分岐接続器の二股部から本体胴体部側面部分へと拡大することが確認されているのである(双方の差異は、S報告書においては、右減量実験の中途までの観測結果を記載して、報告書に記載したが、その後、警察の依頼により更に同実験を継続し、その結果を報告したものが西尾鑑定の鑑定書に添付されたことによる。)。

(二) 次に、右のように、炭化導電路がY分岐接続器本体胴体部分に拡大した後、これが燃焼するに至る経過についてのS報告書及び同証言をみるに、この点についてはY分岐接続器の積み重ねによる燃焼実験によって、その経過をみることができる(西尾鑑定中のY分岐接続器積み重ねによる燃焼実験(前記三3(六)(2))に相当する。)。

Sの行った実験によると、五ないし一〇アンペアの電流によりあらかじめ半導電層部を炭化させたY分岐接続器二個を作成し、これを二段水平に積み重ね、上部にPVCカバーをかぶせた状態で、当初1.5アンペアの電流を連続四三時間、ついで中三日をおいて同アンペアの電流を連続六九時間、ついで中二日をおいて同アンペアの電流を連続四時間かけ、引き続いて電流を2.0アンペアとして九六時間、ついで中二日おいて同アンペアの電流を三五時間三〇分、ついで中一日おいて同アンペアの電流を三二時間、更に、中一日おいて同アンペアの電流を二四時間、それぞれ連続通電させたというものである(以上の経過について、S報告書二四〇六頁以下、二四一八頁以下及び二四二一頁以下。)。

そしてこの実験では、2.0アンペアの電流の通電を開始した後一七二時間で側面部が自然発火する現象が確認されたほか、人為的にアーク放電を発生させた場合にも発火がみられたというのである(S報告書二四二三頁、二五四八頁)。

右の実験の結果について、S証言は、次のように推定する。すなわち、炭化導電路がY分岐接続器胴体部分の絶縁層まで進展し、発熱した場合、Y分岐接続器を覆うPVCカバー、ゴムシートも熱により炭素化する現象が生じる。そして、その際には、二酸化炭素、一酸化炭素等と並んで可燃性のガスであるメタン、ベンゼン等が発生するとともに、これが積み重ねられたY分岐接続器の各相間に貯留する。他方、Y分岐接続器本体の絶縁層あるいはPVCカバーの炭化部分が振動等により脱落する際には、同部分に通電していた電流の作用により、アーク放電が発生し、これが前記可燃性ガスを点火させて燃焼に至る。

そして、右のような推定を確認するものとして、S報告書においては、右の実験に先立ち、Y分岐接続器本体に五アンペアの電流を通電する実験に際して、発生した白煙を赤外線吸収スペクトル法により分析した結果、二酸化炭素を主たる成分として、一酸化炭素、メタン、エチレン、アセチレン、ベンゼン、塩化水素の各成分が検出されたとの結果が添付されている(S報告書二四一〇頁)。

右の実験結果を前提にして、Sらは更に、Y分岐接続器の三段積み重ねによる実験を行っているが、その経過及び結果については、前記西尾鑑定に関する前記三3(七)記載のとおりである。

(三) ところで、S報告書及びS証言において、Y分岐接続器の二股部にいわゆる炭化導電路が形成された場合、その後、それが、Y分岐接続器の発火につながるためのメカニズムとして、それがY分岐接続器の胴体部分へと拡大し、その結果として、同部分の絶縁層、あるいは、Y分岐接続器を覆うPVCカバーをコークス状に炭化させ、その結果として可燃性のガスを発生させ、これにアーク放電により着火、燃焼に至るという経過が推定されていることは前記のとおりであるが、これを裏付けるべきY分岐接続器への通電実験のうち基礎的な実験ともいえる二段重ねによる通電実験においては、通電電流として1.5ないし2.0アンペアという値が採用されており、また、同実験において、現実に自然発火という現象が生じたのは、2.0アンペア通電時であったことは前記認定のとおりである。

そこで、右の通電電流について検討するに、S証言によると、右実験において2.0アンペアという電流値を採用した理由として、シミュレーションによる計算の結果として二股部を流れる電流値として2.0アンペアという数値を得たというのであるが、S報告書中の「発火に至るプロセスの推定と電流シミュレーション計算結果」(別紙7中の表)(S報告書二五四九頁。なお、この表は西尾鑑定書においても、シミュレーション計算による電流値の推定結果をまとめたものとして援用されている(同鑑定書二一四頁)。)によると、まず、Y分岐接続器の二股部に流れる電流値そのものについては、①遮へい層電流が二股部の半導電性ゴム層を通じて流れることにより半導電性ゴム層の抵抗が下がった状態(Y分岐接続器二股部に炭化導電路が形成された状態とみられる。)において、1.2ないし1.3アンペアであり、その後、発熱、炭化を繰り返して二股部の上下に炭化導電路が拡大した状態においても1.5アンペアと推定されている。次に、②同表中には、PVCカバー部分が炭化して、この部分とステンレスバンド間の抵抗値が下がった状態から、アーク放電により可燃性ガスに点火して燃焼に至る状態までの間で、Y分岐接続器とステンレスバンド間に流れる電流値として最小値0.66アンペア、最大値2.1アンペアという電流値が推定されている。

右の電流値のうち、②の電流値については、Y分岐接続器三相間及びY分岐接続器とステンレスバンド間でそれぞれ短絡及び地絡が生じた状態で推定される電流値であるが、前記のとおり、Y分岐接続器の半導電層部に炭化導電路が形成される過程でも同部分が赤熱する現象自体は認められるのであり、この赤熱によりPVCカバーとY分岐接続器の間に地絡を生じることが推定されるから(この点は、西尾証言によって指摘されている。)、通電実験において、2.0アンペアという電流値を用いたことにもそれなりの理由があると考えられる。

五  本件火災の発生原因の推定

1  以上のとおり、S報告書及び同証言並びにこれによって補充された西尾鑑定における前記の各種の実験等については、まず、火災発生に至る因果経過の前提をなすともいうべき、Y分岐接続器二股部の半導電層部における炭化導電路の形成現象について、実験中に使用された電流値は本件Y分岐接続器に流れたと推定される電流値の範囲内に収まるものであること、また、その後、炭化導電路がY分岐接続器の胴体部への拡大、進展していく経過、その結果として、当該部分に赤熱による炭化部分を生じて、これが原因となって可燃性のガスを生じさせ、炭化部分のアーク放電により燃焼に至る経過を実証するものであること、その際の実験において設定された条件も、本件Y分岐接続器二股部に流れたものと推定される電流値等の条件と矛盾するものではないことが認められるから、右の各実験は本件火災の発生原因を推定するための再現性の条件を充たしているものと評価でき、その意味で、本件火災の発生した因果経路を合理的に説明するものとなっているといえる。

2  そして、右実験中の、半導電層部の減量実験によると、Y分岐接続器の二股部に形成された炭化導電路がその胴体部に拡大し、右各種の実験によりY分岐接続器本体が燃焼するに足りる条件を備えるまで、S報告書によると約五〇〇日、西尾鑑定によると、約五三〇日を要するものとされているところ、司法警察員作成の捜査関係事項照会書謄本及び同回答書(検七)によると、本件Y分岐接続器に通電が開始されたのは昭和六一年四月二一日であることが認められ、本件火災発生(昭和六二年九月二一日)までに五一九日間の期間が経過しているから、右の減量試験の結果は、右の現実の通電期間にも符合しているものと考えられる(西尾鑑定による期間は、通電期間に比して約一〇日長期であるが、S証言によると、右の程度の期間的な食い違いは、誤差の範囲として了解できるというのであるから、実験期間と、実際の通電期間が符合しているとの前記評価は維持できるものと考えられる。)。

3  そして、右に加えて、前記西尾鑑定におけるケーブル燃焼実験の結果が本件火災によって生じたケーブルの焼損結果に矛盾しないこと、除外実験であるクサビ部通電実験によって、Y分岐接続器に接続された回路の接触不良等による出火原因は想定されないこと、等の事情をも併せ考えると、西尾鑑定及びS報告書、同証言における本件火災の原因に関する結論は首肯するに足りるものといえる。したがって、本件火災の発生原因、特に、本件火災と本件Y分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていなかったこととの因果関係について、前記検察官が主張する事実関係を認めることができるものと考えられる。

第五  被告人の過失行為の存否及びその特定

一  問題点の所在

前記認定のとおり、本件火災が発生した原因が、本件Y分岐接続器に接地銅板(小)が取り付けられていなかった結果、これに接続された各ケーブルに生じた誘起電流により、Y分岐接続器本体に炭化導電路が形成されたことに基本的な原因があるとすると、次に、右接地銅板(小)を取り付けないままで工事を施工した点についての被告人の過失責任の存否が問題となるものであるが、この場合、そもそも、本件におけるY分岐接続器の接続工事のうち、いずれの時点で被告人に本件火災の結果発生をもたらすべき過失行為が存在するかを検討しなければならない。

二  被告人が工事を開始、施工した経緯

1  事実経過について

(一) 本件工事の概要

〈証拠略〉外関係各証拠によると、本件のY分岐接続器の接続工事は、昭和六〇年から、東大阪生駒電鉄株式会社(東生電。なお、同社は昭和六一年四月一日、近鉄に吸収合併されている。)が施工した同会社東大阪線開通工事の一環であり、同工事のうち右Y分岐接続器の接続工事を含む「荒本−東生駒車庫間電力線路設備工事」については、昭和六〇年一一月一日、近畿工業株式会社が落札により受注し、更に、右工事うち、「東生電特高ケーブル敷設工事(その2)」と呼ばれる部分の工事について、右近畿工業株式会社から近畿電気工事株式会社(現商号は、きんでん)が受注し、その工事のほぼ全体を、近畿電気工業株式会社から株式会社昭和電設が請負い受注し、同工事のうち、本件Y分岐接続器の接続工事について、昭和電設から株式会社A電設が下請け受注したものである。

(二) 被告人の経歴等について

〈証拠略〉外関係各証拠によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告人は、昭和三三年ころから、実兄であるCが経営するC電気工事株式会社、その後、株式会社ツジ商会に順次就職して、主として、関西電力株式会社関係の高圧電力ケーブルの敷設、接続工事に従事してきた後、昭和五七年一〇月二日、次兄Bとともに、株式会社A電設を設立し、以後も、右同様高圧電力ケーブルの敷設、接続工事に従事してきた。

(2) 関西電力株式会社においては、同会社の施工する電力工事を請け負う者について、送配電線用特別高圧電力ケーブル接続技能検定と称する工事技能の資格認定試験を行っているが、被告人は、昭和四三年に、同認定試験のA級資格を、昭和四九年に、同じくC級(現在の呼称はCA・CB級)の資格を取得している。右にいうA級の資格は、特別高圧CVケーブル(ポリエチレンケーブル)を除くSLケーブル(紙ケーブル)接続工事の施工の資格を、C級(現在の呼称はCA・CB級)とは、特別高圧電力CVケーブルの接続工事及びY分岐接続工事の施工の資格を指称する。

(3) 被告人の電気ないし電力ケーブルに関する一般的な知識としては、概ね、この種の電気ないし電力ケーブル工事の施工するに必要な知識を有しており、接地の目的はケーブルの絶縁物ないし半導電層部を介して発生する電流(こうした電流が発生する機序や、こうした電流を「誘起電流」等と呼称するかどうかは別にして)を大地に流すことにより、こうした電流が絶縁物等に流れ、その結果、同部分が発熱したり発火したりするのを防止することにあることは承知していた。

(4) 被告人は、右資格認定取得の後、昭和六〇年ころまでに、主として関西電力株式会社からの下請け工事として、Y分岐接続器の接続工事を合計約四一回程度施工した経験を有しているが、そのうち約四〇回くらいは、凹型Y分岐接続器という、Y分岐接続器の接続部分が接続器本体内に入り込む構造となっているものであり、本件の凸型Y分岐接続器については、一回、昭和六〇年二月に、安田生命ビルの工事に関連して、同接続工事を施工した経験を有していた。ただし、その際に使用したY分岐接続器は、両端式Y分岐接続器の接続工事であり、分岐する各ケーブルの各端末で接地する方式のものであった。

(三) 被告人が本件工事の依頼を受け、施工するまでの経過

〈証拠略〉外関係各証拠によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告人は、昭和六二年二月一三日、昭和電設株式会社のDから、近鉄東大阪線の特別高圧ケーブルの接続工事の下請けの依頼を受けて、これを承諾し、なお、その後に東大阪線のうち生駒トンネル内の特別高圧ケーブルについても、下請けの依頼を受けてこれを承諾し、同年三月九日から四月三日までの間、主として、東大阪線の特別高圧ケーブルの直線接続工事に従事した。

(2) なお、被告人が、前記のとおり、近鉄東大阪線の特別高圧ケーブルの接続工事の下請けを承諾した後、工事を施工するまでの間、工事内容等について、昭和電設株式会社、近鉄、きんでん等から格別の説明は受けていないが、昭和六二年二月二〇日ころに、一度、自ら工事現場付近を訪れたことはあり、その際に、近畿工業株式会社の現場担当者から、直線接続工事に関する限りは、接地の方法は、ケーブルの一方のみで接地をする片端式であること、直線接続工事を行う際には接地用のケーブルは余裕をもってたらしておけばよいことなどの説明を受けた。

(3) その後、被告人は、同年三月一五日及び同月一七日、前記Dから、生駒トンネル内のY分岐接続工事の下請けの依頼を受けたが、直線接続工事の多忙を理由にいったんこれを断っていた。

(4) しかし、その後同月二一日、被告人が近鉄東大阪線吉田駅前に敷設された工事事務所を訪れた際に、Dから、再度、前記接続工事の下請けの依頼を受けて、結局、これを承諾した。その際、Dは、被告人に対して、「このY分岐接続工事は、関西電力の関係で施工したものと同じものである。」との趣旨の説明をした。

被告人は、右のとおり、DからY分岐接続工事の施工を承諾した際、Dからは、工事方法及び本件Y分岐接続器が凸型でかつ片端式のものであること等については何の説明もなかった。

そして、Dは、被告人に対して、Y分岐接続器の製造元である住友電気工業株式会社が作成した「Y分岐接続工事標準作業手順書」をその場でめくるようにして被告人に呈示した上でこれを被告人に手交した。

(5) なお、本件Y分岐接続器の構造は前記第四の一2で認定したとおりであるが、右作業手順書には、絶縁筒をY分岐接続器本体に挿入する際の手順に関してこれをフランジに取り付ける際のボルトの取り付け配置と、接地銅板を取り付ける際の手順に関して大小二種類の接地銅板の取り付けの位置及び手順が同一の図により説明がなされていた。また、同作業手順書には部品の一覧表が添付されており、その内には接地銅板(小)の記載もあった。

(6) 被告人は、右作業手順書を受領したものの、前記のようにDから本件Y分岐接続器が関西電力株式会社の関係で使用したものと同様であるとの説明もあったことから、被告人自身としては、漠然と本件Y分岐接続器により接続される特別高圧ケーブルはその両端で接地をする両端接地型のものであると信じたまま、右手順書については、内容を読むことなく、本件の接続工事の施工に着手するに至った。

(四) 部品搬入及び工事の施工の際の経緯について

更に、前記(三)記載の各証拠によると、以下のような各事実を認めることができる。

(1) 被告人は、昭和六二年三月二三日午後二時ころ、近鉄吉田駅前にある東大阪線工事事務所に赴き、同所において、Y分岐接続器の部品(一号系分)の入った箱を受け取り、これをトラックで、生駒トンネル内の五四番待避所まで搬入した。

同待避所において、被告人は、部品の箱の梱包を解いたところ、その中には、部品の明細も添付されていた。

(2)被告人は、右のとおり、部品の梱包を解いた際、前記のとおり、本件Y分岐接続器の型式が、関西電力のものと同様のものであるとの認識から、梱包を解いた時点では、個々の部品が完備されているかどうかの確認をしなかった。

(3) そして、そのまま、被告人は、兄B及び従業員二名とともに、Y分岐接続器一号系の接続工事の施工を開始した。

(4) 被告人は、右作業の施工に際して、絶縁筒をY分岐本体の絶縁フランジ部に挿入し、これをボルトで締め付ける際に、絶縁フランジ二孔側の双方のボルトの取り付け位置に関しては、前記(三)(5)に認定したような作業手順書の記載によらず、二孔側の一方について、一二個あるボルト穴の取り付け位置をずらしてボルトを取り付けたために、結局、二孔側の左右のボルトが右手順書記載の取付位置とは左右で三〇度食い違う位置に取り付けられた。

(5) その後、被告人は、右同日午後八時ないし九時ころになって、接地銅板の部品がないことに気がついた。そして、その場で、被告人は、右の部品がないことから作業を進行させるかどうかを検討したが、右の部品がY分岐接続器の外部に取り付けられるものであることから、事後にもこれを取り付けることは可能ではないかとの判断をしたこと、及び、作業を中途で中断した場合、各部品に粉塵が付着すること等が予想されたことから、右の接地銅板の取り付けをしないまま作業を続行することとした。

なお、その後、部品のうち保護用ビニールカバーも欠落していることも判明したために、結局、この接地銅板の取り付けと本体の保護カバーの取り付けを残したままで、全ての接続作業を終えた形で、当日の作業を終えた。

(6) そして、翌同月二四日朝から、被告人は前記Dに対して、電話で、Y分岐接続器のうち保護用ビニールカバーと接地銅板という部品がないことを連絡して、至急、これを探すよう依頼した。

しかし、D自身は、欠落していた部品の形状等についての知識がなかったために、とりあえず、D、被告人及びBの三名で、前記吉田駅前の工事事務所の地下倉庫を探索することとしたが、その日の探索では、右の部品を発見するには至らなかった。

(7) 右のように、Y分岐接続器の部品が欠落していたことから、被告人は、Dに対してY分岐接続器二号系の接続工事を行うかどうかをその場で問い合わせたところ、Dは、日程の都合があるので手持ちの材料のみで工事を続行するように指示した。

そこで、被告人は、前記同日、同事務所から再度Y分岐接続器(二号系)の部品を五四番待避所まで搬入し、前記同様接地銅板及び保護用ビニールカバーを欠いたままで工事を施工し、一号系と同様の組立作業を完了した。

(8) その後、同年三月二六日午後六時ころに至って、Dは本件Y分岐接続器の製造元である住友電気工業に照会した結果、前記欠落していた部品が、吉田駅前の工事事務所の倉庫内にあるとの連絡を受けたので、同人は、これを被告人に連絡した。

(9) そして、D及び被告人らは、右同日、再度吉田駅前の工事事務所倉庫内を探索した結果、接地銅板及び保護用ビニールカバーの入った箱を発見した。そこで、被告人はこれを携帯して五四番待避所に赴き、これらの部品を組み立て済みのY分岐接続器に取り付けようと試みた。ところが、前記のとおり、被告人らの組み立てたY分岐接続器は、絶縁フランジの二孔側のボルトの取り付け位置が標準作業手順書の記載と異なり、同記載の取付位置とは左右で三〇度ずれた位置に取り付けられていたために、二孔側双方のボルト部分に取り付けられることとなっていた接地銅板(小)を取り付けることができなかった(なお、接地銅板(大)に関しては、被告人は一孔側と二孔側の片側の間に取り付けられることとなっていたところ、被告人らが同部品をペンチで折り曲げるなどして取り付けることができた。)。

なお、当時、絶縁筒とY分岐接続器本体部分は八〇〇トルクで締め付けられていたために、ボルトをはずすこと自体は、人力的には不可能であり、また、当時、絶縁筒を固定するために収縮チューブを使用しており、これを除去することとなると、結局、Y分岐接続器の部品を再度取り寄せて工事をやりなおす必要があった。

(10) 被告人らは、右のとおり、接地銅板(小)を取り付けることができなかったため、Y分岐接続器の一孔側と二孔側各部分、及び、二孔側相互間の各絶縁筒フランジ部(接地銅板の取り付け位置)に接続された各遮へい銅テープ間に、電気の導通があるかどうかを検査してみることとしたが、その際に、使用したのは絶縁抵抗計(メガテスター)であり、一〇〇万オーム単位の大電気抵抗を測定するために使用されるものであり、数一〇オーム単位の電気抵抗値の検出には使用できないものであった。

しかし、Y分岐接続器本体の絶縁フランジ間の半導電層部に誘起電流が流れる場合の電気抵抗値は概ね四〇オーム程度のものであるために、当然、前記絶縁抵抗計によっては、その電気抵抗値を検出できないものであった。

しかし、被告人は、右絶縁抵抗計で測定したところ、抵抗値を示さなかったこと、及び被告人が以前に施工した経験のある凹型Y分岐接続器においては、接続器本体が金属で構成されており、内部で導通があったことから、結局、本件Y分岐接続器の遮へい銅テープ間も内部的に導通がある構造となっているものと誤信するに至った。

(11) 右の誤信の結果、被告人は、前記接地銅板は内部的な導通に対していわゆる二重アースとなっているものであると誤信して、その時点であえて組立済みの部品を解体してまで接地銅板(小)を取り付ける必要はないものと判断した。

そして、被告人は、右のとおり、一号系及び二号系の合計六個のY分岐接続器について、いずれも接地銅板(小)を取り付けないままで作業を完了した。

(五) 工事完了後の状況について

〈証拠略〉によると以下の事実が認められる。

(1) 被告人は、右のとおり、工事完了にあたって、接地銅板(小)を取り付けていなかったことから、これをとりあえず、Dには報告しておくこととし、工事完了の三月二六日の翌日の午前八時三〇分ころ、兄Bとともに吉田駅前の工事事務所に赴いて、本件のY分岐接続器には接地銅板が取り付けられていないことを告げるとともに、必要な検査は行うように依頼をした。

右のような被告人からの申し出に対して、Dはこれを了承したような仕草をした。

(2) しかし、他方、その後には、被告人自身は、自ら行った工事の不備について、下請けの発注先である昭和電設の関係者(Dを含む)らに対して、適切な検査等が行われたかどうかの確認はしていない。

2  事実関係についての補足説明

右1において認定した事実関係について、以下、若干補足をする。

(一) まず、被告人は、本件Y分岐接続器接続工事に至るまでの電力ケーブルないしは電気に関する知識について、公判供述中で、(1)高圧の電流が流れた場合、絶縁物を介して誘起電流と呼ばれる電流が流れること、(2)高圧電力ケーブルに遮へい銅テープを施して接地系統を施すのは、右のような誘起電流を大地に流すことによって、絶縁物等に誘起電流が流れ、それによってケーブルの絶縁物が発熱あるいは発火するなどの異常を生じるのを防止するためのものであること、等の知識はなかったという。

しかしながら、そもそも、被告人の公判供述中にも、特別高圧電力ケーブルの構造、特に、その中に遮へい銅テープ部分があり、その役割については概略的な知識があったとする部分があるほか、被告人は、これまでに約三〇年くらいにわたり、特別高圧電力ケーブルを含む電力ケーブルの接続等の作業に従事してきたものであり、また、被告人が接続作業を行ってきた電力ケーブルのうち、特別高圧電力ケーブルに使用するCVケーブルには、導体である芯線とは別に遮へい銅テープが施されていることは了解していたものであり、また、遮へい銅テープには接地が必要であって、Y分岐接続器に接続される特別高圧電力ケーブルの接地については、各分岐されるケーブルの両端で接地がされるものは、これまで四〇回以上の工事施工経験を有していたのである。

そうであるとすると、誘起電流等の名称、ないしは、その発生の機序はともかくとして、被告人の立場からみても、芯線を流れる特別高圧電流によって、これとは別に遮へい銅テープ上をなんらかの電流が流れることは当然に知り得たものというべきであるし、また、その遮へい銅テープに対して接地がされることを知悉していた以上、その接地の目的は、遮へい銅テープを流れる電流による異常を防止する目的であったことは当然知り得たものと考えられる。

したがって、被告人の前記公判供述中の部分は、右のような事情に鑑み信用しがたいものというほかない。

(二) 次に、被告人が全部の作業を完了した後、Dに対して本件Y分岐接続器には接地銅板(小)が取り付けられていないことを告げたうえ、必要な検査の依頼をしたかどうかの事実について、被告人の員面調書及び検面調書中には、こうした事実はないとする部分があるほか、D証言中にもこれと同趣旨の部分がある。

しかしながら、第一に、右被告人の員面調書によると、被告人がDに右の事実を告げなかったのは、被告人が工事ミスをしたことをDに告げることで、被告人の信用が損なわれるのを危惧したためであるというのであるが、他方、被告人の取調にあたった河原の証言中には、被告人は被告人が工事を完成させた後にDに接地銅板が取り付けられていないことを告げたという旨の供述はあったが、Dがこれを否定したために調書中には記載しなかったという部分がある。河原の右証言部分は、被告人の供述内容、これについての裏付け捜査の過程及び結果として供述内容を調書化しなかった過程について一応信用できる内容となっているが、そうであるとすると、前記員面調書中において、被告人がDに前記の点を告げなかった理由をことさらに説明しているのは理解しがたいというべきであり、結局、同調書中の右説明部分は前記河原の証言に照らして不自然であり、このことは、同調書中のDにこのことを告げなかったとする部分自体の信用性を大きく損なうものというべきである。

更に、被告人の検面調書中には、「私が工事の翌日の朝工事が終わった時、検査はしとく、しとくと言っていたので検査はあるものと思っていたのですが(後略)」とする部分があり、これによると、被告人は、工事完了時点でDに対してなんらかの検査を行うよう依頼したことがうかがわれる。ところで、東証言によると、右検査は工事完成の際の一般的な検査を意味していたものというのであるが、同調書中には工事の完了時に通常行われるべき検査については別の記載部分があるのであるから、右の説明はにわかに採用しがたいところというほかなく、結局、被告人としては、検察官による取調べ時点においても、被告人の公判供述と同趣旨の供述をしていた可能性は否定できないところである。

そして、そもそも、被告人が本件工事を受注した経過、接地銅板(小)を取り付けることができなかった経過からみて、少なくとも、工事完了時点に関する限り、被告人において、現場代人であるDに対して、接地銅板(小)を取り付けなかったことをことさらに秘匿する理由は見いだすことができないものというべきであるから、被告人の前記公判供述の信用性はたやすく否定できないところというべきである。

三  過失行為についての判断

右のような事情から被告人の本件Y分岐接続工事を施工するに際して、被告人について注意義務に違反する過失行為が存在したかどうかについて検討する。

1  まず、被告人は、これまで一貫して電力ケーブルの接続作業のいわゆる現業作業に従事してきたものと認められるのであり、被告人自身は電力ケーブルないしはY分岐接続器の構造上の特性、あるいは、電気工学等に関して専門的な知識を有していたわけでもないし、こうした知識を備えることが要求された地位にあったものでもないといえる。

しかし、他方、被告人はこれまでの電力ケーブルの工事施工経験から、電力の接地系統の意味については、それが大地に電気を流すことによって、漏電等の異常事態を回避するためのものであるとの程度の基本的な知識は有していたし、特に、Y分岐接続器にあっては、その接地系統は、Y分岐接続器に接続される各特別高圧電力ケーブルの遮へい銅テープに生じる電流を大地に流すとの意義を有していることの理解はあったものと認められることは前記認定のとおりである。

他方、被告人は、工事の施工にあたっては、自らの責任で施工する立場にあったものであって、個々の作業を行うについて他人からの指示等に基づき、その手足として作業を行うものではない。また、施工にあたって従業員を使用するにしても、現場で個々の作業を自ら行いつつ、従業員を手足として使用するにすぎないものといえるから、工事に着手、施工するに際しては、自ら、その工事方法等については作業手順等全般を了解したうえで工事を施工すべき立場にあったことは当然である。

これを本件Y分岐接続器の接続工事に関してみると、被告人はDから交付された作業手順書の内容に関しては、被告人の右工事施工については、その施工方法、手順に関する限り、これ以外には、作業の準拠となるべきものは存在しないのであるから、被告人としては、全体にわたり、その内容を了解したうえで、その記載を遵守して右の接続作業を行うべきものであり、また、同手順書中には、本件Y分岐接続器の部品一覧表が添付されていたのであるから、作業の開始に際しても、右に記載された各部品が完備しているかどうかを点検した上で作業すべきものである。他方、右作業手順書の記載の意味内容についても、前記被告人の基本的な知識及びこれまでの工事経験等から理解することができる範囲では、その意味内容を了解したうえ、工事の着手、施工に際しては、右により了解された範囲で、Y分岐接続器及びこれに接続される特別高圧電力ケーブルに発生する発熱、火災等の異常な事態を防止し、安全な使用を確保するに必要な措置を取るべき業務上の注意義務を負うものということができる。

2  以上のような被告人の注意義務を前提に、被告人が施工した本件Y分岐接続作業について検討する。

(一) 本件においては、被告人が右接続工事に着手した昭和六二年三月二四日から同月二五日までの段階においては、Y分岐接続器の部品のうち接地銅板が欠けていたことは前記認定のとおりである。

しかし他方、まず第一に、被告人は、三月二四日の工事着手に際して、本件Y分岐接続器のうち一号系の各部品を五四番待避所まで搬入し、その場で梱包を解いた際に、前記作業手順書中の部品一覧表により、各部品が完備しているかどうかの点検作業をしないまま工事に着手したものであり、前記工事期間の間、接地銅板が欠落していた点は、被告人が右点検作業を怠った結果生じた事態であると認められる。

そして、接地銅板は、その名称自体からも、また、これまでの被告人のY分岐接続器の接続工事の経験からも、被告人としては、同部品が特別高圧電力ケーブルの遮へい銅テープに生じる電流を大地に流すための部品であることは了解し得たものというべきである。そうであるとすれば、被告人としては、接地銅板が欠落することによって生じるべき異常事態を回避するうえでは、右の時点で、接地銅板が欠落していることを了解したうえで、その場の作業をいったん中断して右部品の有無を確認し、これを発見したうえで作業に着手すべきであるか、あるいは、少なくとも、作業に着手するにしても、接地銅板が発見された時点でこれを取り付けることが可能なような状態までで作業自体を止めおく形で工事を進行すべきである。

しかるところ、被告人は、右のような部品の点検作業を行うことなく、本件Y分岐接続器一号系及び二号系の各接続工事に着手、施工したものである。

更に、被告人が前記のとおり作業手順書の内容の了解を欠いたまま、接続作業を施工した結果として、一号系及び二号系の双方について、Y分岐接続器の絶縁筒を同本体に挿入して、これを絶縁筒フランジ部においてボルトにより固定する作業を施工するについて、作業手順書の記載と異なった位置関係にボルトを取り付けたものであり、これによって、事後的にもせよ、接地銅板(小)を所定位置に取り付けることができなくなったものである。

以上によると、結局、本件においては、被告人が、作業手順書の了解を怠り、その部品一覧表による部品の点検を欠いたまま接続作業を施工した点、及び、その後前記のボルトの締め付け作業に際して作業手順書の記載を遵守しないで同作業を施工した点は、全体として、被告人の前記注意義務に違反する作業方法であったものといえる。

(二) 右に対して、弁護人は、第一に、本件で被告人が作業手順書の記載に注意を払わなかったのは、Dから作業の依頼を受ける際に、本件で使用されるY分岐接続器は関西電力株式会社で使用されたものと同一のものであるとの説明を受けていたため、その説明により、作業手順及び部品の双方にわたり、同一のものであると信じたためであり、第二に、被告人がボルトの締め付け位置を誤認したのは、手順書の記載自体に不備があったものであるから、この点を被告人の過失ということはできないと主張する。

確かに、本件の事実関係については、前判示のとおり、被告人がDから本件Y分岐接続器接続作業を受注するに際して、弁護人が指摘するような説明を受けた事実を認めることができる。しかしながら、被告人は、その経過はともかくとして、昭和電設株式会社との間で独立して本件工事を請け負ったものであり、個々の作業の施工にあたっては、個別の作業毎に同会社の指示により作業を行う者ではないことは前記のとおりであり、また、被告人は現業工事作業に従事する者であって、作業実施に際して依拠すべきものとしては、本件の場合に関していえば、交付された作業手順書以外にはなかったことを考慮すると、被告人としては、作業実施の手順を了解するにあたっては、右作業手順書によるべきであって、その内容については自らこれを理解したうえで作業を行うべきものであるから、Dから右のような説明を受けたからといって、右作業手順書を了解するべき責任が免じられるという理由はないものというべきである。

また、被告人が交付を受けた作業手順書のボルト締め付けに関する記述部分をみると、弁護人が指摘するように、ボルト締め付け位置に関する図解部分は、その直後に記載された接地銅板(小)の取り付けに関する説明に付随する説明部分に記載され、その図式もY分岐接続器を垂直に立てた状態で説明されていることが認められるから、その説明方法にはやや不親切の感があることは否定できないであろう。

しかしながら、そもそも、被告人が右作業手順書を了解する場合には、その記載された作業手順全体を把握するべきものであるから、記述の順序に多少の前後等があることをもって、被告人が免責されるとはいえない。そして、右の図式及びその説明部分を読解すれば、ボルトの締め付け位置の特定が接地銅板を取り付けるために特定されていることは十分に了解されるところというべきである。

以上によれば、弁護人の主張は採用しがたい。

3  次に、被告人が一連の作業を完了した三月二六日の時点において、Y分岐接続器の二孔側相互間及び一孔側と二孔側の絶縁筒フランジに接続された各ケーブルの遮へい銅テープ間の電気的な導通の検査についてみるに、前記認定によれば、被告人らが右の検査に使用したのは、絶縁抵抗計と呼ばれるものであり、本来、一〇〇万オーム単位の抵抗値を計測するものであるが、本件Y分岐接続器本体の絶縁フランジ間の部位は半導電層により構成されているので、その抵抗値は本来数一〇オーム単位のものであるから、被告人らの方法によっては、両者間の導通の有無は本来検出することができないものであった。

したがって、被告人が右により絶縁抵抗計を前記の導通の検査に使用したことは、その検査方法として不適切であるというべきであり、当該検査を行っただけで、前記各遮へい銅テープ間に電気的な導通があるものと信じて工事を完了した点もまた、前記注意義務に違反するものというべきである。

第六  本件火災発生の予見可能性

一  問題の所在

前記第三において判断したとおり、本件火災の発生原因は本件Y分岐接続器に接地銅板(小)と呼ばれる部品を欠いていたことにあり、また、第四において認定判断したとおり、右の点について、本件Y分岐接続器の接続工事を施工した被告人の工事施工方法に注意義務違反があるものとすると、次に、被告人の過失責任が成立するためには、被告人において、本件火災の発生に対する予見可能性が認められるかどうかを検討する必要がある(けだし、被告人の施工した工事方法は、客観的にみる限り、本件火災発生の危険性をもたらす行為であることが、右認定、判断から明らかなところであるが、過失責任が成立するためには、単に右のように被告人の所為が客観的にみて結果発生の危険性を持つというだけでは足りず、加えて、被告人が右所為当時に置かれていた具体的な状況及び被告人の所為から本件火災発生に至る因果経路等の事情に照らして、被告人において、本件火災が発生しうべきことを予見しえたことを要するものと解されるからである。)。

二  炭化導電路の形成について

本件火災が発生した原因に関しては前記第三において検討したとおりであるが、それによれば、本件Y分岐接続器に接続された電力ケーブルの遮へい銅テープに、芯線を流れる二万二〇〇〇ボルトの特別高圧電流によるいわゆる電磁誘導作用によって、誘起電流が流れ、この誘起電流が右Y分岐接続器の絶縁筒フランジ間に形成された半導電層部に流れたという要因が介在していることが明らかである。

ところで、S証言(第一回、第二回)及び同人の員面調書によると、以下の事実関係を認めることができる。

1  Y分岐接続器のEPゴム製の半導電層部に炭化導電路が形成されるのは、遮へい銅テープを流れた誘起電流が0.5アンペア程度であっても可能である。

2  本件でY分岐接続器に接続された特別高圧電力ケーブルに遮へい銅テープがほどこされているのは、次のような理由に基づく。

すなわち、特別電力ケーブルは芯線の外側を絶縁層で覆った形状となっているが、このような場合に芯線に高圧電流が流れた場合には、前記第四に記載したように絶縁層表面に誘起電流が生じ、その結果として、ケーブルが発熱したり、あるいはケーブル外表面に接触した場合に感電する可能性があるために、右のような誘起電流を接地系統により大地に流す必要がある。遮へい銅テープはこうした接地系統としてケーブルに施されたものである。

3  他方、本件Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的は以下のとおりである。すなわち、本件Y分岐接続器に接続された特別高圧電力ケーブル自体の芯線に高圧電流が流れた場合に、前記のような誘起電流が生じ、これにより感電等の危険性があるとともに、右誘起電流自体を接地する必要がある。本件Y分岐接続器は片端接地式、すなわち、各接続ケーブルの遮へい銅テープのうち一方のみで接地することから、各遮へい銅テープ自体を電気的に接続する必要があるために、接地用の銅板を取り付ける必要があった。

4  また、Y分岐接続器の本体に半導電層部をもうけている理由は概ね以下のとおりである。一般に特別高圧電力ケーブル構造は、内部に芯線があり、その外部に絶縁体を施し、更にその外部に遮へい銅テープが施されているが、芯線に高圧電流が流れた場合、遮へい銅テープと絶縁体との間に空気層があると放電により絶縁体が劣化するために、遮へい銅テープと同電位にして放電を防止するために、絶縁体の外部に半導電層部を施すものとされている。

Y分岐接続器本体の構造は、前記第一において認定したとおり、内部に金属製の導体であるY分岐接続部分があり、その回りを絶縁体であるEPゴムで覆った構造となっているが、Y分岐接続器本体内の導体から生じる誘起電流による絶縁体の劣化を防止する必要があるために、絶縁体の外部を半導電層部で覆うこととしている。

したがって、Y分岐接続器の半導電層部には、遮へい銅テープに生じる誘起電流を流すことはもともと想定していない。

5  本件において、遮へい銅テープを流れた誘起電流によって、Y分岐接続器の半導電層部に炭化導電路が形成されるという現象に関しては、これまで学術的に報告されたこともないし、本件Y分岐接続器の設計、製造にあたって考慮もしていない。

6  炭化導電路が形成されるという現象については、実験により、そうした現象そのものが生じうることは確認されているが、その発生の原因自体は不明である。ただ、その原因を推測すると、半導電層部を構成する成分のうち導電性のある炭素の分布は必ずしも一様ではなく、密な箇所と粗の箇所があると推定される。そうすると、半導電層部の両端に電極が存在する場合、電流が炭素の密な箇所に向かって流れようとするために、こうした局部的な導通が生じるものと考えられる。

以上のとおり、本件Y分岐接続器を設計、製造した住友電工株式会社の担当者も、これまでに経験のない現象であり、こうした現象についての報告も存在せず、また、そもそも、本件Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的は、Y分岐接続器本体への誘起電流の流れを防止するものではなく、ケーブル本体の発熱等を防止するものであるというのであるから、こうした事情のもとでは、右炭化導電路の形成現象に関する限り、前記第四において認定したとおりの被告人のこれまでの電力ケーブル敷設工事の施工経験及びこれに伴い被告人が取得し、または、取得しうべきである電力関係の知識、知見を前提としても、これを予見しうるものということはできないことは明らかである。被告人の検面調書及び員面調書中には、右炭化導電路の形成の現象についても被告人が予見しえたことを認めるかのような部分があるが、これについては、前記S証言に照らして、採用できない。

そうであるとすると、本件では、被告人の過失行為から結果発生に至る因果経路の一部に、被告人に予見しえない事情が存在したものというほかはない。

三  本件における結果発生の予見可能性について

1  しかし、右のように炭化導電路の形成自体が被告人にとって予見しえないという場合においても、被告人の本件火災発生そのものについての予見可能性については、別途、検討を要する。すなわち、過失責任を基礎づけるべき予見可能性は本来結果発生についての予見可能性をいうものであるが、過失に基づく行為と結果の発生、すなわち本件についていえば、前記第三において認定した被告人の本件Y分岐接続器に関する接続工事の不備による本件火災の発生との間が複雑で、しかも相当の時間的幅のある因果経路で結ばれて発生したような場合においては、結果発生に対する予見可能性があるというためには、右の因果経路の基本的な部分に関しても予見可能性を必要とするものというべきである。

したがって、本件に即していえば、本件で生じた炭化導電路の形成という現象が、右にいう因果経路の基本的な部分に属するかどうかを検討する必要がある。

2 そこで検討するに、前記認定の本件Y分岐接続器に接続される特別高圧電力ケーブルに遮へい銅テープが施される理由から、この遮へい銅テープが接地系統を構成するものであることは明らかである。

他方、被告人は、現に本件Y分岐接続器に接続された特別高圧電力ケーブルに遮へい銅テープが施されていること、そしてその遮へい銅テープが、芯線を流れる電流とは別に生じる電流を接地するためのものであることに関しては、これを現に識知していたものであることは前記第四において認定したとおりである。右のような認識に加えて、被告人が本件Y分岐接続器の接続工事施工までの時点で携わってきた電力ケーブル接続工事の実績をも併せ考えた場合、少なくとも、被告人の立場からみて、右遮へい銅テープによる接地系統に不備がある場合には、接地系統により大地に流されるべき電流がいわゆる行き場を失い、本来、予定されていない方向に流れることがありうること、そして、そのような場合にはその部分の抵抗値により発熱現象を引き起こす可能性があることは予見の範囲内に属するものと考えられる。そして、右のように、ケーブルの発熱について予見しうべきものである以上、発熱の結果としてケーブルが発火する可能性のあることも当然に予見の範囲内にあるものというべきである。あるいは、右のように、接地系統に不備がある場合に、場合によって、いわゆる短絡回路を形成する結果として、発火に至ることがありうべきことについては、少なくとも、被告人のように電力ケーブルの接続工事に従事する者の立場においては、当然予見しうべきものであるといえる。

3 しかしながら、本件における火災の発生の原因は、そのようなケーブル自体に生じた異常ではなく、ケーブルを接続するY分岐接続器本体に誘起電流が流れた結果として、Y分岐接続器に炭化導電路という異常な通電回路が形成されたことによるものである。

そして、前記S証言によると、本件Y分岐接続器に接地銅板を取り付ける目的はケーブル自体の遮へい層に生じる誘起電流を接地することによって、ケーブルに生じる発熱、感電等の異常現象を防止することにあり、Y分岐接続器そのものにこうした異常現象が生じることを防止するためのものではない(S証言によると、そもそも、Y分岐接続器本体、特にその半導電層部に通電することは本来予想されていないのであるから、Y分岐接続器について、電流によって生じる右のような発熱、感電等の現象を想定する根拠自体を欠いているというべきである。)。そうであるとすると、本件においては、被告人が前記認定にかかる本件Y分岐接続器の接続工事において、接地銅板(小)を取り付けないままで工事を施工した工事方法は、客観的にみて、注意義務違反があるとしても、本件火災の発生という結果は、右のような注意義務が発生する根拠となるべき危険な結果(すなわち、ケーブルに発生する誘起電流によるケーブルの発熱ないしはそれによる発火、あるいは感電等)以外の因果経路によって発生したものというべきである。

そして、右のような事情に加えて、本件の場合、右のように炭化導電路が形成されるという現象が火災発生に至る因果経過の端緒部分となるものであり、前記のような長期にわたる炭化導電路の形成、灰化、周囲への拡大という過程を経て因果経路が進行するものであるとの事情をも考慮すると、本件において、Y分岐接続器に炭化導電路が形成されたという事実は、Y分岐接続器の接地銅板の取り付けの不備から本件火災発生に至る一連の因果経路の基本部分を構成するものというべきであり、右事実についての予見が不可能であるときは、本件火災発生の結果自体の予見が不可能であるものと考えられる。

4  検察官は、右の点について、高圧ケーブルの接続において、接地銅板を設置すべきものと指定されているのに、それを無視して設置しない場合、Y分岐接続器及び高圧ケーブルになんらかの事故が発生しないとは限らないということは常識的観念の範囲内であること、接地銅板が誘起電流を流す接地系回路の部品であることに照らせば、接地を取らないでいれば、誘起電流の回路が閉ざされて、漏電を引き起こし、熱を持ち、Y分岐接続器やケーブルが発火するに至ることを予測しうるとの指摘をする。

しかしながら、右の指摘は、本件についていえば、接続されたケーブルに発熱、発火等の異常が生じた場合には該当するとしても、Y分岐接続器に発熱等の異常が生じる現象についてはあてはまるとはいえないものというほかはない。なぜならば、もともと、Y分岐接続器には独立した接地回路はなく(それは、前記のとおり、Y分岐接続器本体内の導通路部分の長さから考えて、Y分岐接続器内を通電する電流により生じる誘起電流については独立した接地系統を置く必要がないからである。)、接地銅板は、その取付位置にかかわらず、ケーブルそのものに生じる誘起電流を接地するためのものである。そうであるとすれば、接地銅板の取付の不備によって生じる異常現象についての予見の範囲は、特別の事情がない限りは、ケーブル自体に生じる異常の範囲に限られるものである。そして、本件においては、ケーブルの接地系統の不備がY分岐接続器本体に異常を生じたという因果経路の中に炭化導電路の形成という現象が介在しているのであり、そのような現象について予見可能性がない以上、Y分岐接続器本体に生じた異常現象についての予見を基礎づけるべき事情が存在するとはいえない。

5  以上によると、本件においては、被告人が本件Y分岐接続器の接続工事を施工した時点において、Y分岐接続器本体に炭化導電路が形成されるという、その所為から本件火災発生に至る因果経路の基本的な部分において、被告人に予見しえない事情が存在し、右の事情が介在したことによって本件火災が発生したものといえるから、結局、被告人には本件火災発生についての具体的な予見可能性は存在しなかったものというべきであり、したがって、被告人には、本件火災の発生及びその結果生じた公訴事実記載の各死傷の結果について、過失責任が成立するものとは認めがたい。

第七  公訴棄却の主張について

弁護人は、本件の起訴処分は、本件火災の発生ないしは被害者らの死傷の結果の各発生原因のうち、被告人の行為のみを取り上げて、不平等な起訴処分をしたものであるから、公訴権の濫用に該当し、本件公訴は棄却されるべきであると主張する。

しかし、検察官による起訴処分が公訴権の濫用に該当し、公訴の効力を無効とするのは、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものであり(最高裁判所昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定刑集三四巻七号六七二頁)、関係証拠によっても、本件の公訴提起の処分がこうした場合に該当することを認めることはできないから、弁護人の右主張には理由がない。

その他、記録によっても、本件について公訴を棄却すべき事由の存在を認めることはできない。

したがって、本件について公訴棄却の裁判はしない。

第八  結論

以上によると、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官寺田幸雄 裁判官神坂尚 裁判官金地香枝)

別表別図1、2、別紙1ないし7〈省略〉

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